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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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余っているものと、足りないもの#1

朝のギルドは、静かだった。


昨日の怒号が嘘のように、空気だけが重く残っている。

人はいる。声もある。

だが、誰もが少しだけ、目を伏せていた。


伊勢は入口の前で一度立ち止まり、ギルド全体を見渡した。


(まず、見る)


それだけを決めて、外へ出た。



「伊勢様、どちらへ」


リリアが追いかけてくる。


「街を回ります。道具屋から」


「私もお供します」


頷きかけたとき、後ろから小さな足音がした。


振り返ると、ルカが立っていた。


昨日保護された少女。

名前だけは、自分で名乗った。


「……いく」


短く言う。


「ついていっていい?」


伊勢は少し困った顔をした。

断る理由を探す。

だが、ルカはもうそこに立っている。


「……危なくなったら、すぐ言ってください」


それだけ言って、歩き出した。


ルカは素直に頷いた。


リリアが小さく息を吐く。

苦笑とも安堵ともつかない顔だった。



道具屋の店内は、薄暗かった。


棚には薬草の束が積み上がっている。

昨日より増えている気がした。


「ラッジさん」


店主が顔を上げる。


「ああ、伊勢か」


目の下に隈がある。帳面を睨んでいたのだろう。


「在庫の状況を見せてもらえますか」


ラッジは無言で帳面を差し出した。


伊勢は数字を追う。


薬草。包帯。保存食。


どれも、余っている。


「売れない」


ラッジが短く言う。


「怪我人が減った。それは分かってる。だが、これだと仕入れを止めるしかなくなる」


「仕入れを止めると」


「採取者の収入が消える」


伊勢は帳面を閉じた。


「分かりました」


そのとき、ルカが棚の薬草をじっと見ていた。


「これ、たくさんあるね」


当たり前のように言う。


ラッジが苦い顔をする。


「そうだな。多すぎる」


ルカは少し首を傾げた。


「つかわないの?」


「使う人が減ったんだ」


「……ふーん」


ルカは何も言わなかった。

だが、その目はどこか考えているように見えた。


伊勢は視線を向けない。

ただ、頭の隅に置いておく。



次は鍛冶屋通りへ向かった。


ブリジットの工房は、炉の火が弱かった。


「海人」


ブリジットが振り向く。その顔は、疲れていた。


「修理が来ない」


開口一番に言う。


「壊れる前に終わるから、修理が要らない」


「武器は消耗しているはずですが」


「してる」


ブリジットは壁の武器を指した。


「でも、本人が気づいてない。怪我してないから、武器のせいだとも思わない」


伊勢は少し考える。


「点検に来ない」


「そう。悪くないうちは来ない」


沈黙が落ちる。


ルカが炉の近くをうろうろしていた。


「ねえ」


ブリジットが振り向く。


「なに?」


「このひと、剣つくってるの?」


「そうだよ」


「つよくなれる?」


ブリジットは少しだけ笑った。


「使い方次第だね」


ルカは「そっか」と頷いた。それだけだった。


だが、ブリジットはその後、少しだけ伊勢を見た。


「……変な子だね」


「拾ったんですよ、昨日」


「そう」


ブリジットはそれ以上聞かなかった。



昼前。


ダンジョン入口の前に立った。


冒険者たちが数人、入口を見ながら話している。


「入るか?」

「浅層だぞ。でも昨日のことがあるしな……」


足が止まっている。


采取者の一人が、道具を持ったまま立ち尽くしていた。


「……入れないんですか」


伊勢が声をかける。


採取者は振り向いた。


「入れないわけじゃない」


苦い顔で言う。


「でも、一人じゃ怖い」


「護衛は」


「頼んだら金がかかる。薬草の買い取りが下がってるから、頼む余裕もない」


伊勢はその顔を見た。


疲れている。

怒っているわけでもない。


ただ、詰まっている。


(冒険者が余っている。採取者が動けない)


頭の中で、線が繋がりかけた。


そのとき、ルカが採取者の顔を見上げた。


「こわい?」


採取者が苦笑した。


「まあ、そうだな」


「いっしょにいくひと、いないの?」


「いないんだよ、子供」


ルカは少し考えるように首を傾げた。


「おかねとかじゃなくて、いっしょにいってくれるひと、いないの?」


採取者は少し黙った。


「……いないな」


伊勢はその会話を聞いていた。


何も言わない。


ただ、線が一本、はっきりと繋がった。



ギルドへ戻る道すがら、リリアが言う。


「……見えてきましたか」


伊勢は少し考えてから答えた。


「構造は分かりました」


一拍置く。


「余っているものと、足りないものが、繋がっていない」


リリアが静かに頷く。


「冒険者の仕事が減っている。採取者は護衛がいなくて動けない」


「そうです」


「繋げれば……」


「動き出す可能性はあります」


断言はしない。


だが、手が届く場所に答えがある。


そう感じていた。


ルカが、二人の少し後ろを歩いていた。


「ねえ」


伊勢が振り向く。


「どうしましたか」


ルカは少し考えるような顔で言った。


「みんな、もってるのにわけあってないだけ?」


伊勢は少し目を細めた。


「……そうかもしれません」


ルカは「ふーん」と頷いた。


それ以上は何も言わない。


だが、その一言は、妙に核心を突いていた。



夕方。


ギルドの外で、伊勢は一人になった。


空は橙に染まっている。


(余っているものと、足りないものを繋げる)


言葉にすれば単純だ。


だが、単純なことほど、動かすのは難しい。


誰が動くのか。

誰が決めるのか。

誰が責任を持つのか。


答えはまだない。


だが、問いははっきりした。


それで、今日は十分だった。


少し離れた場所で、ルカが石畳の目地を踏みながら歩いていた。


一人でも、特に不安そうではない。


(不思議な子だ)


そう思うだけで、深くは考えない。


風が吹いた。


ルカの髪が、さらりと揺れた。

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