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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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割れた街

昼のギルドは、騒がしかった。


だが、その騒がしさはいつもとは違う。


笑い声がない。

怒鳴り声と、押し殺した声が混ざっている。

怒りと不安が混じり合い、どこに向ければいいか分からないまま、ただ部屋の中を満たしていた。


「だから危ねえって言ってんだろ!」


「でも魔物が減って助かってるだろ!」


「死人が出てんだぞ!!」


声と声がぶつかる。誰も引かない。


受付前では採取者たちが詰め寄っていた。


「採れねえのに危険だけ増えてる!」


「仕事にならねえんだよ!」


「どう責任取るんだ!」


その正面に、リリアが立っていた。


制服はきちんと整っている。

背筋は伸びている。


それだけは、崩さない。


「……現状は把握しています」


だが、その言葉は押し返される。


「遅えんだよ!」


「もう死んでんだぞ!!」


声が、胸に刺さる。


(分かっている)


言い訳はしない。

謝罪で誤魔化すつもりもない。


ただ――何も言えなかった。


正しい言葉が、出てこない。

言葉を探すほど、喉が詰まる。


それでもリリアは、その場を離れなかった。



ギルドの奥では、冒険者たちが別の声を上げていた。


「勇者がいるからこの程度で済んでる」


「止めたら一気に来るぞ」


「今は我慢するしかねえ」


正論だった。


だからこそ、採取者側の火に油を注ぐ。


「じゃあ俺たちはどうする!」


「採取やめろってのか!」


正論と正論がぶつかると、どちらも引けなくなる。


ギルドは、完全に割れていた。



伊勢は、その光景を少し離れた場所から見ていた。


何も言わない。ただ、見ている。


声を聞く。

立場を見る。

感情の向きを確かめる。


どの怒りも、根拠がある。

どの不安も、本物だ。


そのどれかを否定すれば、場は静まるかもしれない。

だが、問題は残る。


(全部、繋がっている)


まだ仮説だ。確信ではない。


だが――繋がっていない方が、むしろ不自然だった。



「……どうすればいいですか」


リリアの声だった。


振り向くと、制服の袖を少しだけ握りしめている。

いつもなら書類を胸に抱えている手が、今日は空だった。


小さい声。

だが、確かに頼っていた。


伊勢は一拍だけ間を置いた。


「リリアさん」


「……はい」


「今まで、ちゃんと立っていましたよ」


リリアの目が、わずかに揺れる。


「それだけで、十分です」


何かを言おうとして、言葉が出なかった。


代わりに、小さく頷いた。


伊勢はゆっくりと歩き出す。


騒ぎの中心へ。



足音がする。


誰かが気づき、視線が動く。


やがて全員の目が、伊勢に集まった。


声が少しだけ、小さくなる。


伊勢は立ち止まった。


そして、はっきりと言った。


「補填はしません」


一瞬で空気が止まる。


「……は?」


怒りの気配が、形を変える。


だが伊勢は続ける。


「補填しても、同じことが起きるだけです」


声は穏やかだった。だが、軸がぶれない。


「だから――まず整理します」



指を一本立てる。


「一つ。冒険者が余っている。魔物が減って、依頼が減っている」


次。


「二つ。薬草採取者が動けない。危険が増えているのに、採れる場所がない」


三つ目を立てる。


「三つ。薬草は余っている。武器の手入れも、止まっている」


ざわめきが起きる。


四つ目。


「四つ。浅層に、強い魔物が出始めている」


空気が、静まる。


誰もが、その四つの言葉を頭の中で並べている。


バラバラに見えていたものが、一本の線の上に並んでいる。


その感覚が、少しずつ伝わっていく。



伊勢は、一度言葉を止めた。


少しだけ視線を落とす。


そして、ゆっくり言う。


「……これが全部、繋がっている可能性があります」


断定はしない。あくまで、仮説だ。


「ただ、まだ分かりません」


はっきり言う。


「だから、確かめます」


リリアが息を呑む。


「確かめる……?」


「街を見ます。全部です」


伊勢は続ける。


「何が余っているのか」


「何が足りないのか」


「どこで詰まっているのか」


一拍。


「それを見ないと、何も決められない」



「……そんなこと、できるのか」


誰かが言う。


採取者の一人だった。

怒りではない。

本当に、分からないから聞いている声だ。


伊勢は首を振る。


「分かりません」


正直な言葉。


室内が、わずかにざわつく。


だが伊勢は続けた。


「でも、見ないまま進めば、また死ぬ」


沈黙が落ちる。


今度は、誰も反論しなかった。



リリアは、その横顔を見ていた。


怒っているわけでもない。

英雄的なことを言っているわけでもない。

正しい、とも言い切れない。


ただ――前に進もうとしている。


(この人は)


いつも、そうだ。


答えが見えていないときでも、止まらない。


それが羨ましいのか、頼もしいのか。

それとも――別の何かなのか。


リリアは自分でも分からないまま、視線を外せなかった。



「シャウプさん」


伊勢がギルド長に視線を向ける。


シャウプは腕を組んだまま、ずっとその場を見ていた。


「……分かった」


低い声だった。


「動いてみろ」


それだけだった。


だが、その一言で場の空気が変わる。


反論していた採取者たちも、怒りの矛先を一度収める。

全員が解決策を持っているわけではない。


だが、誰かが動こうとしていることは分かった。



その頃。


ダンジョンの入口近く。


薄暗い通路の、地面に近い場所。


穏やかな風が、奥から吹き込んでくる。


その風に撫でられるように、小さな人影が横になっていた。


子供だ。


眠っているのか、気を失っているのか。

小さな胸が、規則正しく上下している。


「……誰だ?」


「子供?」


ダンジョン入口付近を巡回していた冒険者の一人が、立ち止まった。


視線を落とす。


白い髪。

小さな手。


見たことのない顔だった。


「親とはぐれたのか?」


もう一人が近づく。


だが、次の瞬間。


空気が、変わった。


音もなく。

気配もなく。


暗闇の中から、影が滲み出る。


一つ。


二つ。


三つ。


暗い目が、光る。


舌なめずりをする音が、石の壁に静かに響く。


魔物だ。


子供を囲むように、その影たちがゆっくりと近づいていた。


冒険者たちの手が、無意識に腰の武器へ伸びた。

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