それでもやる
翌朝。
ギルドの空気は、昨日とは違う意味で張り詰めていた。
ざわめきはある。
だがそれは恐怖ではなく――分断だった。
「勇者は悪くねえだろ」
「いや、でも人が死んだんだぞ」
「魔物減って助かってる奴もいる」
声が、ぶつかっている。
正しいこと同士が、ぶつかっている。
伊勢は壁にもたれ、その様子を見ていた。
リリアが横に立つ。
「……収まりませんね」
「収まる話じゃないです」
短く答える。
視線は人の流れを追っていた。
冒険者、採取者、受付――立場ごとに考えが違う。
当たり前のことが、むき出しになっていた。
「伊勢様」
リリアが声を落とす。
「勇者様が……来ています」
空気がわずかに変わる。
ユウトがギルドの中央に立っていた。
昨日と同じ姿。
だが視線の重さが違う。
ユウトは周囲を見渡し、はっきりと口を開いた。
「昨日の件、聞きました」
ざわめきが止まる。
「……間に合わなかったことは、申し訳ないと思っています」
一拍。
だが、その後の言葉に迷いはなかった。
「でも」
◆
「俺は、やめません」
◆
空気が揺れる。
「魔物は減らすべきです。減らせば助かる人が増える。これは間違っていない」
視線を巡らせる。
「実際に助かっている人がいる」
何人かが頷いた。
「そうだ」
「怪我減ってるのは事実だ」
だが同時に、別の声も上がる。
「でも死人が出たんだぞ」
「浅層でだぞ」
ユウトは両方を見た。
その上で、言い切る。
「それでも俺は、魔物を減らす」
完全に線が引かれた。
「……そうかよ」
採取者の一人が吐き捨てる。
「じゃあ俺たちはどうすりゃいい」
「浅層が危険になってんだぞ」
ユウトは一瞬だけ視線を落とした。
だが、すぐに上げる。
「……対策は考えます。浅層にも注意は払う。でも――止める理由にはならない」
その“わずかな詰まり”が、答えだった。
完全な解決策はない。
伊勢が一歩前に出る。
全員の視線が集まった。
「分かりました」
静かに言う。
ユウトが見る。
伊勢は続けた。
「あなたは、そのままでいい」
リリアが息を呑む。
「伊勢様……?」
伊勢は視線を外さない。
「やるべきだと思うことを、やってください」
一拍。
そして、低く言う。
◆
「その結果、崩れた部分は――俺がやる」
◆
空気が変わる。
ユウトの目がわずかに開く。
「……何をするつもりですか」
伊勢は少しだけ考えた。
「まだ分かりません」
だが、その目は迷っていなかった。
「でも、このままにはしない」
沈黙が落ちる。
ギルドの中で。
初めて“第三の答え”が生まれた。
リリアは、その横顔を見ていた。
昨日とは違う。
怒りではない。
考えている顔だった。
ユウトは何も言わなかった。
ただ、伊勢を見ていた。
その視線は――
初めて、同じ高さにあった。




