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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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いつもの仕事

空気は冷たく、湿っていた。


ダンジョンの入口には採取者たちが集まっている。

だが、その顔にいつもの余裕はない。


笑い声もない。


「……どうする」


「でも、行かないと」


「昨日の話、聞いただろ」


押し殺したような声が交わされる。


その中に――


トーマスがいた。


背中には大きな籠。

腰には使い慣れた鎌とナイフ。


いつもと同じ装備。


そして、いつもと同じように笑っていた。


「おう、揃ってるな」


軽く手を上げる。


その声に、若い採取者たちが少しだけ安心したように息を吐いた。



「トーマスさん……本当に行くんですか」


若い一人が言う。


トーマスは肩をすくめた。


「行くに決まってるだろ」


そして、少しだけ真面目な顔になる。


「昨日のが何か分からねえまま、放っとく方が怖い」


視線をダンジョンへ向ける。


「仕事だ」


短い言葉だった。


だが、それで十分だった。



伊勢とリリアが近づく。


「トーマスさん」


リリアの声は、明確に止めるものだった。


「今日は控えてください」


トーマスは振り向く。


少し困ったように笑う。


「無理だな」


伊勢が言う。


「危険です」


トーマスは少し考えるように顎を撫でた。


そして、ゆっくり言う。


「伊勢」


名前を呼ぶ。


「薬草採取ってのはな」


視線を落とす。


「誰かがやらなきゃ、止まるんだ」


そして顔を上げる。


「怪我した奴が薬草使う」


「それがないと困る奴がいる」


少しだけ笑う。


「俺の仕事は、そこだ」



リリアが言葉を詰まらせる。


トーマスは続けた。


「それにな」


ほんの少しだけ、声が柔らかくなる。


「家で待ってる奴もいる」


伊勢が目を細める。


「……娘さんですか」


トーマスは小さく笑った。


「ああ」


「パン屋やりたいって言ってたろ」


少し空を見上げる。


「まだガキだけどな」


口元が、優しく緩む。


「でもな」


「やりたいって言うなら、やらせてやりてえ」



若い採取者が言う。


「俺たちも行きます」


トーマスはその顔を見る。


怖がっている。


だが、逃げていない。


トーマスは頷いた。


「いいか」


声が変わる。


「奥には行くな」


「違和感があったら、すぐ戻れ」


「命の方が大事だ」


一人が言う。


「トーマスさんは」


トーマスは笑った。


「俺は大丈夫だ」



ダンジョンに入る。


空気が変わる。


冷たい。


重い。


静かすぎる。


トーマスは歩きながら、壁を軽く叩いた。


「……音が死んでるな」


若い採取者が小さく言う。


「はい……」


トーマスは床を見る。


足跡が少ない。


魔物の痕跡も、ない。


「こんな日はな」


振り返る。


「一番危ねえ」



奥の暗闇。


何も見えない。


だが――


いる。


トーマスは手を上げる。


「止まれ」


全員が止まる。


耳を澄ます。


音はない。

だが、確かに何かがいる。


「戻るぞ」


その一言で、空気が変わる。


全員が動き出す。

その瞬間だった。


一人の体が、横に消えた。


「――っ!?」


声が出る前に引きずられる。


何も見えない。


だが、そこに“何か”がいる。



「走れ!!」


トーマスが叫ぶ。


若い採取者たちが駆け出す。


トーマスは、一歩前に出た。


逃げない。


前に立つ。



「こっちだ!!」


声を張る。


意識を引きつける。



若い採取者の足音が遠ざかる。


トーマスはそれを確認した。


そして、ほんの少しだけ息を吐く。



(大丈夫だ)



娘の顔が浮かぶ。

小さな手。

パンを持って笑う顔。


「お父さん、これ私が焼いたの」


まだ見たことのない未来。



(見てえな)




その瞬間。


何もない空間が、歪んだ。


衝撃。




トーマスの体が揺れる。


だが、倒れない。


踏ん張る。


「……上等だ」


小さく呟く。


そのまま――


闇に、飲み込まれた。


静寂が戻る。



まるで何事も無かったかのように、ダンジョンの風が薬草の葉を撫でていった。


地上。


ダンジョン入口。


伊勢は立っていた。


風が吹く。


冷たい。



足音。


二人。


戻ってくる。


伊勢が聞く。


「トーマスは」


二人は、魂の抜けたような顔で地面を目見つめるだけだった。

リリアの手が震える。


伊勢は動かなかった。

ただ、ダンジョンを見ていた。


(これは)

(誰の責任だ)


「守るための力が、守るべきものを壊した」

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