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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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静寂の代償

朝。


ギルドの空気が、重かった。


扉を開けた瞬間、伊勢は違和感に気づく。


ざわめきが低い。

笑い声がない。

誰もが、何かを押し殺している。


「……何かあったな」



受付の前に人だかり。


その中心に、リリアがいた。


顔色は青い。

だが背筋は伸びている。


伊勢は近づく。


「何があったんですか」


リリアが振り向く。


「伊勢様……」


一瞬、迷う。


そして。


「冒険者が一人、戻っていません」


空気が沈む。



「最後の確認は」


「浅層の手前です」


「三人組で、二人は帰還しています」


周囲から声が上がる。


「一人だけ消えたんだ」


伊勢の視線が鋭くなる。


「何があった」



戻ってきた二人は、椅子に座っていた。


顔色は蒼白。

装備には血と泥。


リリアが静かに声をかける。


「落ち着いてください」


「何があったか、教えてください」


一人が言う。


「……何もいなかった」


「魔物が、いなかったんだ」


もう一人が続ける。


「スライムも、ゴブリンも……」



「だから奥に行った」


「楽だったんだ」


「でも」


言葉が詰まる。


伊勢が促す。


「その先は」


「急に来た」


「……見えなかった」



「気配もなかった」


「音もなかった」


「気づいたら……」


拳が震える。


「いなくなってた」


沈黙。



そのとき。


誰かが言った。


「……勇者は?」


空気が揺れる。


「最近、浅層も掃除してたじゃねえか」


「なんで今日は来てない」


「呼べば来るんだろ?」


ざわめきが広がる。



リリアが静かに言う。


「……勇者様は」


一度、言葉を選ぶ。


「現在、深層に潜っています」


ざわめきが止まる。



「深層……?」


「じゃあ、戻ってこねえのか?」


「浅層は誰が守るんだ」


誰かが言った。


「……届かねえじゃねえか」



その言葉が、全員に刺さる。


勇者はいる。


だが――


ここにはいない。



伊勢は目を閉じる。


考える。


魔物が減る。

餌が減る。

上位が上がる。


そして。


「……一件ではない可能性があります」


リリアが振り向く。


「伊勢様?」


伊勢は続ける。


「過去の未帰還者の記録はありますか」


リリアの目が揺れる。


「それは……」


一瞬の沈黙。


そして、小さく言った。


「……あります」



「ですが」


リリアの声が震える。


「“事故扱い”で処理されています」


ギルドの空気が、凍る。



伊勢が静かに言う。


「もしこれが同じ原因なら」


誰も、続きを言えない。



「すでに、かなりの数が消えている可能性があります」



誰かが椅子を蹴った。


「ふざけるな!」


「今まで気づかなかったのか!?」


「勇者がいれば安全じゃなかったのかよ!」


怒号が飛ぶ。

恐怖が、怒りに変わり始める。


リリアが袖を掴む。


「伊勢様……どうすれば……」


声が震えている。


伊勢は一瞬だけ目を閉じる。


そして開く。


「……まだ間に合います」


静かに言う。


「ですがこれは」


一拍置く。


「事故ではありません」


(構造が壊れている)



ダンジョンの奥。


深層。


勇者は、さらに奥へ進んでいる。


その背後で。


餌を失った魔物たちが、上へと移動する。


浅層へ。


人間のいる場所へ。



誰も気づいていない。


この街はすでに――


“安全ではない”

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