静かな街
昼のギルドは、いつも通り賑やかだった。
冒険者たちの笑い声。
酒場から流れる料理の匂い。
依頼掲示板の前に集まる人だかり。
表面だけ見れば、何も変わっていない。
だが。
伊勢はその空気に、どこか違和感を覚えていた。
◆
受付カウンターの前では、採取者たちが並んでいた。
背中の籠には、乾いた薬草。
量は多くない。
リリアが帳簿を見ながら言う。
「……買い取り価格、少し下げています」
伊勢が隣から覗く。
「在庫ですか」
リリアは頷いた。
「道具屋にも余っています」
「怪我人が減った」
「ええ」
その理由は、二人とも分かっていた。
勇者。
ダンジョンの魔物が減った結果、
怪我人も減り、薬草の需要が落ちた。
一見すれば、いいことだ。
だが。
伊勢は腕を組む。
「採取者の収入が減る」
リリアは小さく頷いた。
「そうですね」
◆
そのとき。
ギルドの扉が開いた。
トーマスだった。
背の高い体。
日に焼けた顔。
肩には大きな採取袋。
だが今日は、その袋が妙に軽そうだった。
トーマスは袋を床に置く。
「こんなもんだ」
袋の中には、乾いた薬草が少しだけ入っていた。
受付嬢が驚く。
「今日は少ないですね」
トーマスは苦笑した。
「生えてねえんだ」
伊勢が聞く。
「減っていますか?」
トーマスは顎を撫でる。
「妙なんだよ」
少し声を落とす。
「浅層の薬草が減ってる」
リリアが眉を寄せた。
「季節では?」
トーマスは首を振る。
「いや」
そして静かに言う。
「魔物がいない」
◆
伊勢の視線が、わずかに鋭くなる。
「薬草と魔物は関係あるんですか」
トーマスは頷いた。
「ある」
椅子に腰を下ろす。
「薬草はな」
「魔物がいる場所に生える」
伊勢は少し驚いた。
リリアも目を瞬かせる。
トーマスは続ける。
「魔物がいる場所は、死体も出る」
「血も流れる」
「栄養が集まる」
そして袋を軽く叩く。
「だから生える」
伊勢は静かに考え込む。
魔物が減る。
薬草が減る。
採取者の収入が減る。
ダンジョンの経済が変わる。
◆
近くのテーブルで、採取者たちが話していた。
「浅層、静かすぎる」
「スライムもいねえ」
「勇者だろ」
「いいことじゃねえか」
一人が言う。
「でもよ」
「静かすぎるのも怖いぞ」
トーマスはその会話を聞きながら、小さく笑った。
「まぁ、しばらく様子見だな」
袋を肩に担ぐ。
「採取者ってのはな」
「ダンジョンが静かでも働くし、荒れてても働く」
伊勢が言う。
「大変な仕事ですね」
トーマスは肩をすくめた。
「慣れだ」
◆
トーマスはギルドを出ていった。
その背中を見送りながら、伊勢は呟く。
「……何かおかしいですね」
リリアが振り向く。
「伊勢様?」
伊勢はダンジョンの方向を見た。
遠くに見える巨大な石門。
昼の光の中で、静かに口を開けている。
静かすぎる。
◆
その頃。
ダンジョンの奥深く。
暗闇の中で。
一匹の魔物が、ゆっくりと目を開いた。
餌がない。
魔物もいない。
腹が減っている。
その魔物は、ゆっくりと立ち上がった。
そして。
人間の匂いのする方向へ――
歩き出した。




