表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/45

薬草採取者トーマス

ダンジョンの空気は、地上とはまるで違う。

冷たい。湿っている。そして、どこか重たい。


地下へ続く石階段を降りるたび、空気がゆっくりと変わっていく。

松明の火が小さく揺れ、石壁に影が伸びた。


伊勢は足を止めた。


「……静かですね」


横を歩くリリアが頷く。


「ええ」


本来なら、この辺りにはスライムがいる。

弱い魔物だが、初心者には油断できない存在だ。


だが――気配がない。


水滴の音だけが、ぽたり、ぽたりと響いていた。



「おーい」


後ろから、よく通る声がした。


振り向くと、大柄な男が階段を降りてくる。


分厚い作業着。

腰には小さな鎌とナイフ。

背中には薬草を入れる大きな籠。


日焼けした顔に無精ひげ。

だが目は穏やかで、人懐っこい笑みを浮かべている。


トーマスだ。


この街で長く薬草採取をしている男で、新人採取者の面倒を見ることも多い。

ギルドでも顔が広く、採取者たちからの信頼も厚い人物だった。


「二人とも早いな。伊勢、調査か?」


伊勢は軽く会釈する。


「ええ」


トーマスは背中の籠をぽんと叩いた。


「俺はいつもの採取だ。新人が潜る前に薬草の様子見ておく」


リリアが微笑む。


「トーマスさんは、いつも新人の面倒を見ていますね」


トーマスは少し照れたように頭をかいた。


「まぁな。薬草採取ってのは慣れないと危ないんだ」


そして通路を指した。


「行くぞ。ついでに教えてやる」



三人は通路を進む。


石の床。湿った空気。


トーマスは壁際を指した。


「本当なら、この辺に薬草がある」


伊勢が視線を向ける。


土が掘られた跡。

葉がちぎれた跡。


だが、新しい芽が少ない。


トーマスが眉をひそめた。


「……おかしいな」


リリアが聞く。


「何がです?」


トーマスはしゃがみ込み、土を触る。


「薬草はな、魔物の気配がある場所に生える。この辺ならスライムがいるはずなんだ」


伊勢が周囲を見回す。


「いませんね」


トーマスは小さく頷いた。


「いないな」


そして少し苦笑した。


「まぁ、そのせいで薬草は余り気味だ」


リリアが小さく息を吐く。


「街でも在庫が増えていると聞きました」


伊勢も頷いた。


「ええ。道具屋でもそうでした」


トーマスは肩をすくめる。


「勇者のおかげで怪我する奴が減ってるからな」


それから笑った。


「でも、薬草なんて本当は使わない方がいいんだ」


リリアが少し真面目な顔になる。


「ですが、それではトーマスさんのお仕事が減ってしまうのでは?」


トーマスは気にした様子もなく笑う。


「いいんだよ」


そして、どこか柔らかい声で言った。


「娘がパン屋をやりたいって言うんだから」


リリアが少し驚いた顔をする。


「パン屋ですか?」


「ああ」


トーマスは嬉しそうに笑った。


「街のパン屋のおばさんに憧れてるらしい」


伊勢が思わず言う。


「まだ小さいんじゃないですか?」


リリアもすぐに続けた。


「そうですよ、まだ子供でしょう?」


トーマスは大笑いした。


「そうなんだよ。まだ八歳だ」


三人の間に、少しだけ笑いが広がる。



そのとき。


遠くで剣の音が響いた。


金属がぶつかる音。


トーマスが肩をすくめる。


「勇者だな。また魔物倒してる」


しばらくして、通路の奥から青年が現れた。


勇者ユウト。


剣には黒い血がついている。


ユウトは三人に気づくと少し驚いた顔をした。


「あれ? 伊勢さん」


伊勢は軽く会釈する。


「お疲れ様です」


ユウトは笑った。


「大したことないですよ。オークが三匹、浅層に来てました。珍しいですけど、倒したから大丈夫です」


トーマスが眉を上げる。


「オーク? 浅層に?」


ユウトは頷いた。


「最近ちょっと増えてる気がします」



帰り道。


トーマスがぽつりと言う。


「勇者、いい奴だ」


籠を揺らしながら続けた。


「強いし真面目だ。魔物が減れば採取もしやすい」


リリアが頷く。


「ええ」


伊勢は答えなかった。


ダンジョンの奥を見る。


暗い。


静かだ。


静かすぎる。



ダンジョンの奥。


さらに深い場所。


光の届かない場所で――


大きな影がゆっくり動いた。


腹が鳴る。


餌が足りない。


魔物が、いない。


赤い目が開く。


そして、それは上を見た。


人間のいる方を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ