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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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新人たちの朝

朝のダンジョン前は、街のどこよりも早く目を覚ます場所だった。


石畳の広場に、金属の触れ合う音が響く。

剣を抜いて刃を確かめる音。

鎧のベルトを締める音。

魔法使いが小さく詠唱を練習する声。


まだ太陽は完全には昇りきっていない。

空は淡い金色に染まり、ダンジョン入口の巨大な石門だけが、静かに長い影を落としている。


その入口の前で、ぎこちない動きをしている二人の若者がいた。


革鎧はまだ新しく、剣の柄もほとんど擦れていない。


「ケイン、盾もっと上だって!」


背の低い少女が腕を組んで睨む。

ケインと呼ばれた青年は慌てて盾を持ち直した。


「わ、分かってるって!」


少し離れた場所からその様子を見て、伊勢は小さく息を吐いた。


「新人ですね」


横に立つリリアが静かに言う。


「ええ。動きがまだ硬い」


伊勢は頷く。


「でも……あれくらいが普通なんでしょうね」


リリアは柔らかく笑った。


「最初は皆そうです」


そのとき、盾を構えていたケインがこちらに気づいた。


「あ!」


慌てて姿勢を正す。


「リリアさん、おはようございます!」


盾を抱えたまま深く頭を下げる。


リリアは優しく頷いた。


「おはようございます。今日は依頼ですか?」


ケインは少し誇らしげに胸を張った。


「はい、浅層巡回です! 三回目ですけど、今日は少し奥まで行くつもりで……」


横にいた少女がすぐに口を挟む。


「ケインが調子に乗ってるだけですけど」


それでも彼女の声はどこか楽しそうだった。


伊勢が尋ねる。


「浅層は危なくないんですか?」


ケインは迷いなく頷いた。


「最近は大丈夫ですよ。魔物も少ないし」


それから声を少し潜めた。


「勇者がいるんで」


リリアがわずかに視線を動かす。


ケインは興奮気味に続けた。


「すごいんですよ。この前なんてオークの群れを――」


「ケイン」


後ろから別の声がした。


振り向くと、小柄な少年が立っていた。


煤で黒く汚れた服。

腕には鍛冶仕事でできた火傷の跡。


「マルコ」


ケインが言う。


「今日も鍛冶屋か?」


少年は頷いた。


「朝の配達」


そして伊勢たちに気づき、慌てて頭を下げる。


「す、すみません。ブリジットのところの弟子です!」


伊勢は軽く笑った。


「知っています」


マルコの顔が少し赤くなる。


「ほんとですか? 親方がよく話してるんです。海人ってすごい奴がいるって」


その言葉に、リリアが一瞬だけ伊勢を見る。


伊勢は苦笑した。


「大げさですよ」


マルコは首を振る。


「そんなことないです。親方、最近ずっと機嫌いいんですよ。武器も売れてるって」


ケインが笑う。


「それ俺も聞いた。ブリジットの剣、いいらしいな」


マルコは少し誇らしげに胸を張った。


「当然だ。親方の剣は最高だからな」


その表情には、弟子特有のまっすぐな尊敬があった。


伊勢はその様子を見て、少しだけ目を細める。


街は回っている。


冒険者がいて。

鍛冶屋がいて。

採取者がいて。


それぞれが、当たり前のようにこの場所で生きている。


そしてそのすべてが――


ダンジョンに繋がっている。



そのときだった。


遠くから歓声が上がる。


「勇者だ!」


「ユウトだ!」


ダンジョン入口の方に、人が集まり始めた。


ケインの目が輝く。


「おお、勇者だ!」


マルコも背伸びする。


「見える? いや人多すぎ!」


二人は慌てて走っていった。


伊勢とリリアも、少しだけ視線を向ける。


人の隙間から、一人の若い男が見えた。


軽い鎧。

背中に背負った長剣。


まだ若い。

だが、その周囲には自然と人が集まっていた。


「昨日の討伐すごかった!」


「オーク全部倒したって?」


勇者ユウトは、少し困ったように笑う。


「いや、たまたまですよ。皆が怪我しなくてよかった」


その声は、思っていたより穏やかだった。


ケインが興奮して言う。


「かっこいいな……本物の英雄だ」


マルコも頷く。


「ほんとだ」


伊勢はその様子を静かに見ていた。


悪い人間には見えない。


むしろ、真面目で優しい青年に見える。


だが。


伊勢の頭の中では、別のことが繋がっていた。


魔物が減っている。

薬草が増えている。

勇者が討伐している。


静かすぎるダンジョン。


伊勢は小さく息を吐いた。


リリアが気づく。


「伊勢様?」


伊勢は勇者を見ながら言う。


「……強すぎるのかもしれません。この街には」


リリアは首を傾げた。


「え?」


遠くでまた歓声が上がる。


「勇者万歳!」


青空に響くその声の中で。


伊勢だけが、ほんの少し眉を寄せていた。



その日。


ダンジョンは――

いつもより、静かだった。


まるで。


何かを待っているかのように。

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