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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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転生者対応マニュアル

 その日、ギルドの空気はどこか落ち着かなかった。


 朝だというのに、受付の奥が慌ただしい。

 職員たちが書類を抱えて行き来している。


 伊勢が扉を開けた瞬間、シャウプがこちらを見た。


「お、海人。ちょうどいいところだ」


 いつもの豪快な声。

 だが、どこか低い。


「中央から書簡が来た」


 机の上に置かれた封蝋付きの書類。


 リリアが隣に立っている。

 その表情は、少しだけ固かった。


 伊勢は書類を見て、首をかしげる。


「何か問題でも?」


 シャウプが腕を組む。


「転生者だ」


 その言葉で、ギルドの奥がざわついた。


 伊勢は少し考えてから言う。


「……この世界では、転生者は珍しくないんですか?」


 リリアが静かに頷く。


「稀ですが、周期的に現れます」


「なるほど」


 伊勢は腕を組む。


「中央が通達を出すくらいですから、対応が決まっているんですね」


 リリアは一瞬だけ伊勢を見る。


 説明してほしい、という誘導。


 小さく息を吸う。


「はい。転生者には、大きく二つのパターンがあります」


 ギルドの職員も自然と耳を傾ける。


「一つ目は、定住型です」


 書類を開く。


「元の世界の知識や製品、そしてチート能力を使い、街や村に定住するタイプ」


 シャウプが鼻で笑う。


「昔、石鹸の転生者がいたな」


「ええ」


 リリアが頷く。


「半年で街の石鹸屋が三件潰れました」


 職員の何人かが顔をしかめる。


 伊勢が小さく頷く。


「技術革新は歓迎されますが、急すぎると産業が壊れる」


「その通りです」


 リリアの声は落ち着いている。


「もう一つが、冒険者型です」


 ページをめくる。


「強力なチート能力を持ち、魔物討伐やダンジョン攻略を目的に活動するタイプ」


 伊勢が聞く。


「勇者のような存在ですか?」


「はい」


 だが、リリアの表情は明るくない。


「ただし問題があります」


 一拍。


「強すぎるのです」


 シャウプが笑う。


「そりゃ勇者だからな」


「強すぎると、冒険者の仕事が消えます」


 空気が静まる。


「ダンジョンの単独攻略」


「高ランク魔物の独占討伐」


「報酬の集中」


 伊勢が静かに言う。


「……冒険者経済が壊れる」


 リリアは頷いた。


「その通りです」


 シャウプが机を指で叩く。


「だから中央は監視するわけだ」


「はい」


 リリアは続ける。


「ただし、表向きは歓迎します」


 伊勢が少し笑う。


「敵に回したくない」


「ええ」


 リリアの声は真剣だ。


「転生者は大概チート能力を持っています」


 シャウプが肩をすくめる。


「だから“迫真の歓迎”ってわけだ」


 職員が苦笑する。


 伊勢は少し考えてから言う。


「私は例外ですね」


 リリアが一瞬だけ視線を落とす。


「……はい」


「出向転生者」


「チート能力なし」


「制度側」


 そのときだった。


 ギルドの扉が勢いよく開いた。


「おい!」


 若い冒険者が飛び込んでくる。


「見たか!? さっきの新人!」


 シャウプが眉を上げる。


「何だ」


「一撃だよ!」


 息を切らして叫ぶ。


「ダンジョン前の巨狼、あいつ一撃で倒した!」


 ギルドが静まり返る。


「魔法だ!」


「見たことねぇ詠唱だった!」


 リリアが小さく呟く。


「……もう来た」


 伊勢は窓の外を見る。


 遠くで歓声が上がっている。


 新しい英雄。


 だが。


 それは同時に、バランスを崩す火でもある。


 シャウプが低く言う。


「海人」


「はい」


「どうする」


 伊勢は少しだけ考える。


 それから静かに言った。


「排除はしません」


 一拍。


「構造で守ります」


 その横顔を、リリアが見つめる。


 この人はやはり同じだ。


 火を消すのではなく、

 火を囲う。


 そのとき、ギルドの外で歓声が上がった。


 巨大な狼の死体が運ばれてくる。


 その横に立つ、一人の青年。


 若い。


 だが、周囲の空気が違う。


 英雄。


 あるいは――


 嵐。


 伊勢は小さく息を吐いた。


「……仕事が増えましたね」


 後ろから声がする。


「海人」


 振り返ると、ブリジットが腕を組んで立っていた。


「嫌な顔してるよ」


 伊勢は苦笑する。


「少しだけ、大きい問題です」


 ブリジットは窓の外を見る。


 歓声。

 拍手。

 英雄。


「……面白そうじゃない」


 そう言って笑った。


 だが、伊勢の目は静かだった。


 火が一つ、落ちた。


 その火が街を燃やすのか。


 それとも守る火になるのか。


 まだ、誰にも分からない。

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