近づく火、揺れる灯
夜のギルドは、酒と笑い声で満ちていた。
守られた命の話は、瞬く間に広がる。
「刃が折れなかったらしいぞ」
「点検と焼き直しだってな」
誰かが言い、誰かが頷く。
火は、目に見えなくても広がる。
ブリジットはカウンターに肘をつき、杯を揺らしていた。
頬がほんの少し赤い。
酒のせいか、安堵のせいか。
「……ほんとに守れたね」
隣に立つ伊勢を見上げる。
目が、まっすぐだ。
「仕組みが、です」
「うん。でも」
ブリジットは笑う。
「仕組みを考えたの、海人でしょ」
自然に名前が出る。
呼び慣れた響き。
伊勢はわずかに目を細める。
「皆で作りました」
「そういうとこ、ほんとずるい」
杯を軽くぶつける。
距離が、近い。
肩と肩が、ほとんど触れている。
無意識だ。
信頼の距離。
熱の共有。
それを、少し離れた場所から見ている視線があった。
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リリアは帳簿を抱えたまま、足を止めていた。
祝賀の空気に溶け込むことなく、少しだけ外側にいる。
笑顔を作る。
拍手もする。
だが。
胸の奥が、ほんの少しだけ、ちくりとする。
(……近い)
ブリジットの手が、自然に伊勢の腕を掴む。
「次もやるよ、海人」
笑いながら揺さぶる。
距離が、近い。
呼び方が、近い。
その光景を見ていると、理由の分からない感情が胸に落ちる。
嫉妬、ではない。
まだ、そこまで明確ではない。
ただ。
静かに、重い。
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シャウプが豪快に笑う。
「おい海人! 次の火種はあるのか!」
場が湧く。
伊勢が苦笑する。
「まだ検討中です」
「ほら、また難しい顔してる」
ブリジットが覗き込む。
近い。
笑い声が混ざる。
その輪の中心に、伊勢がいる。
リリアは気づく。
(あの人は、居場所を作っていく)
自分が作るのではない。
人と人を繋いで、自然と中心になる。
その姿を、ずっと見てきた。
誇らしい。
でも。
胸が、少しだけ苦しい。
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視線が合う。
伊勢がリリアに気づく。
穏やかな、いつもの目。
その瞬間、胸の痛みが少し和らぐ。
(……私は)
何を、思っているのだろう。
人事官として?
仲間として?
それとも。
杯の音が響く。
火が揺れる。
ブリジットが再び伊勢の腕を叩く。
「ちゃんと寝なよ、海人」
無意識の優しさ。
リリアの指が、帳簿の端をぎゅっと掴む。
ほんの少しだけ、力が入る。
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火は近づく。
灯は揺れる。
それでも、消えない。
リリアは静かに息を吸い込む。
この感情の正体を、まだ言葉にできないまま。
夜は、少しだけ長くなった。




