火が、守った日
ギルドの医務室は、血の匂いが薄く残っていた。
若い冒険者が椅子に座っている。
肩に巻かれた包帯の下、浅くはない傷。
だが、致命傷ではない。
「……間に合った」
医務官が小さく息を吐く。
床には、一本の剣が置かれていた。
刃は欠けている。
だが、折れてはいない。
ブリジットはそれを見つめていた。
「昨日、点検してなかったら」
若い冒険者が言う。
「芯が弱ってるって言われて、リペアに出したんだ」
隣で仲間が頷く。
「焼き直ししてなきゃ、今日折れてた」
医務室の空気が静まる。
伊勢は壁にもたれて、その光景を見ている。
リペア基準。
損傷判定。
軽補修と焼き直しの線引き。
理屈で組んだ仕組みが、今、命を一つ守った。
だが。
理屈ではない。
ブリジットの指先が、わずかに震えていた。
ゆっくりと剣を持ち上げる。
刃を光にかざす。
「……よく持ったね」
小さく呟く。
声は震えていないが、瞳の奥が揺れている。
若い冒険者が頭を下げる。
「ありがとう。あんたの武器じゃなかったら、無理だった」
ブリジットは鼻で笑う。
「礼は早いよ。生きて帰ってきたら言いな」
「今、生きてる」
一瞬、言葉に詰まる。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……そっか」
肩の力が、初めて抜けた。
⸻
その夜、ギルドの酒場は珍しく賑やかだった。
シャウプが大声で笑っている。
「聞いたぞ! 刃が折れなかったってな!」
豪快に杯を掲げる。
「守ったな、火を!」
冒険者たちも笑い、杯を鳴らす。
リペア店の若い職人も来ていた。
少し照れくさそうに、隅で飲んでいる。
ブリジットはカウンターに肘をつき、静かに酒を飲む。
いつもより、少し柔らかい表情。
「……悪くないね」
小さく呟く。
伊勢が隣に立つ。
「仕組みが機能しました」
「うん」
一拍。
「でもさ」
ブリジットは横目で伊勢を見る。
「理屈だけじゃなかった」
視線が、真っ直ぐ向く。
「私一人じゃ、無理だった」
酒場のざわめきが遠くなる。
「ありがと」
短い言葉。
だが、逃げない。
伊勢は少しだけ目を細める。
「解決したのは梶氏の皆さんですから」
「そういうとこ、ほんと嫌い」
笑う。
でも、嬉しそうだ。
⸻
シャウプが二人の背中を叩く。
「よくやったな!」
ラッジも酒を持ってくる。
「うちも負けてられねえな」
医務官が苦笑する。
いつの間にか、輪ができている。
ブリジットはその中心にいる。
だが、以前のように孤独ではない。
火が分かれた。
守る火になった。
ブリジットはふと、伊勢を見る。
ほんの少しだけ、距離が近い。
「……海人」
自然に名前が出る。
「次、何やるの?」
信頼の問いだった。
酒場の火が揺れる。
守った火は、消えない。
次の火種が、静かに灯ろうとしていた。




