傷ついた後も、守る
リペア店の炉は、低く燃えていた。
新品を扱う工房と違い、ここには派手な火花はない。
赤く、静かに、長く続く火。
店内には鉄の匂いと、古い油の匂いが混じっている。
壁には使い込まれた刃が掛けられていた。
刃こぼれの跡。
欠けた峰。
歪んだ芯。
それでも丁寧に磨かれ、整えられている。
“終わりかけたもの”を、戻す場所。
ブリジットは腕を組んだまま、ゆっくり棚を見渡した。
視線は真っ直ぐだが、わずかに顎が上がっている。
緊張しているときの癖だ。
伊勢は一歩後ろに立つ。
今日は口を挟まない。
「……何の用だ」
奥から若い職人が顔を出す。
煤で黒くなった指先。
だが目は澄んでいる。
「話がある」
ブリジットの声は強い。
だが、ほんの少しだけ息が浅い。
「うちの武器のメンテナンスをお願いしたい」
空気が止まった。
「新品を売る側が、俺たちに?」
皮肉はない。
ただの確認。
「壊れない武器はない。でも、私は壊れにくく作ってる」
一歩踏み出す。
炉の赤が、彼女の褐色の肌に映る。
「だからこそ。同じ信念を持った、腕のいい鍛冶師に任せたい」
炉が小さくはぜる。
「信念?」
「冒険者を、生きて帰らせたい」
声は低い。
だが揺れない。
「私の武器が傷ついたなら、ちゃんと向き合ってくれる職人に託したい」
誇りは落とさない。
頼みではあるが、懇願ではない。
職人は棚の剣を一本取り、光にかざす。
刃に残る細かな欠けを指でなぞる。
「俺たちはな、傷だらけの武器を見るのが仕事だ」
一拍。
「折れた時点で終わりだ、って顔も何度も見てきた」
刃を戻す。
「だが、直せるなら直す」
ブリジットは小さく頷く。
「私も同じ」
「中古を売れって話じゃないんだな」
「違う。私の名で中古は出さない」
沈黙。
炉の音だけが響く。
「ただ」
ブリジットが続ける。
「私の武器が傷ついたなら、最後までちゃんと面倒を見たい」
その言葉には、責任がある。
職人は鼻で笑う。
「面倒な注文だな」
「知ってる」
わずかに口元が緩む。
緊張が、ほんの少し解ける。
「条件がある。芯が死んでたら無理だ。焼き直しにも限界はある」
「分かってる」
「時間もかかる」
「構わない」
そこで伊勢が静かに言う。
「基準を決めましょう。どの傷なら修復可能か、どの段階で買い替えを勧めるか。迷わせないために」
職人は少し考え、やがて小さく笑った。
「面倒な奴らだな」
「褒め言葉?」
「まあな」
頷く。
「やろう」
その瞬間、炉の火がわずかに強くなる。
新品の火と、再生の火。
ぶつからない。
重なった。
店を出ると、鍛冶街の煙が夕日に染まっていた。
橙色の空に、いくつもの煙が伸びている。
火は増えている。
燃え広がるのではなく、支え合うように。
ブリジットは空を見上げ、小さく呟く。
「……悪くないね」
伊勢は頷く。
街全体を、動かす番だ。




