火の温度を、測り違えた
夜のギルドは静かだった。
昼間のざわめきが嘘のように消え、廊下には足音だけが響く。
伊勢は自室の机に向かっていた。
机の上には走り書きの紙。
鍛冶屋の数、規模、売れ筋、価格帯。
理屈は整理できる。
だが。
(足りない)
ペン先が止まる。
ブリジットの顔が浮かぶ。
「壊れる前提で作りたくない。それだけ」
強くて、真っ直ぐな声。
そして。
「このままだと、私が潰れるかもしれない」
あの言葉。
あれは、弱音ではなかった。
現実の報告だった。
椅子にもたれ、天井を見上げる。
改善だと思っていた。
生き残る武器。
長く使える装備。
理屈は間違っていない。
だが。
(俺は、何を見ていた)
彼女は助けたい人だ。
初心者を見れば放っておけない。
刃を見れば言わずにいられない。
その性格を見て、「そこに価値がある」と判断した。
価値はあった。
だが、負担もあった。
今日、彼女が話していた。
鍛冶街の空気が変わったこと。
同業者からの言葉。
販売で食っている工房の存在。
自分は、その場にいなかった。
見ていない。
聞いていない。
それなのに、構造を動かした。
(火を大きくしたのは、俺だ)
噂も、客も、敵も。
だが薪を増やさず、火だけを煽ったのではないか。
ブリジットの背中を思い出す。
炎の前で、迷わず立つ姿。
だが、その背中にかかる重さまでは、考えていなかった。
異世界に来てから、仕組みを変えることはできた。
だが。
仕組みの先に立つ人間の限界まで、見ていたか。
ゆっくりと息を吐く。
立ち上がり、窓を開ける。
夜風が静かに入り込む。
遠く、鍛冶街の方角に小さな火が見える。
あれは、まだ消えていない。
消したくもない。
だが。
燃やし方を間違えれば、焦がす。
「……明日、全部見る」
小さな声。
だが、揺れはない。
机に戻る。
鍛冶屋の配置を書き出す。
規模を分ける。
流通を想像する。
分担できる場所はどこか。
負担を一人に集めない形はどこにあるか。
ペンが止まらない。
改善は、押し付けではない。
そう決める。
夜は深い。
だが。
明日は、動く。




