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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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噂は、味方にも敵にもなる

 噂というものは、風に似ている。


 目には見えないのに、

 確かにどこかから吹いてくる。


 広場の井戸端。

 酒場の奥。

 ギルド掲示板の前。


 名前は出ない。

 だが、内容は具体的だ。


 ――あの鍛冶屋、ちゃんと見てくれるらしい。



「金は取るけどな」


 酒場の隅で誰かが笑う。


「でもさ、あれ悪くないぞ。傷の入り方まで見てくれた」


「次どう使えばいいかも教えてくれたし」


 肯定の声が、じわりと広がる。


 だが。


「説教されるだけじゃねえの?」


「初心者相手に商売してるだけだろ」


「長持ちさせて買い替え減らす気じゃね?」


 否定も、同じ速さで広がる。


 噂は、公平だ。

 味方も敵も、同じように増やす。



 その風は、工房にも届いていた。


 昼過ぎ。

 炉の熱が揺らめく中、

 ブリジットは腕を組んで立っている。


 いつもより、少しだけ無言が長い。


「……増えたね」


 扉の開閉が、明らかに増えている。


「はい。昨日より三割ほど」


 伊勢の落ち着いた声。



 だが、来る者すべてが真剣な目をしているわけではない。


 様子見。

 冷やかし。

 半信半疑。


 ブリジットは、それを全部感じ取っていた。


(……見られてる)


 評価されているのは、武器だけではない。


 自分自身だ。



 そのとき、工房の扉が強く開いた。


「おい!」


 低い声が、空気を震わせる。


 振り返ったのは、中堅の冒険者。

 使い込まれた装備、傷だらけの盾。



「お前の武器、切れ味落ちやすいって聞いたぞ」


 周囲が一瞬、静まる。


 熱気の中、

 空気だけが冷えたようだった。



 ブリジットは、すぐに答えなかった。


 喉が、わずかに乾く。


 だが、目は逸らさない。


「……どこで聞いたの?」


「酒場だ」


「そう」


 短く息を吐く。



「切れ味は落ちるよ」


 はっきり言う。


「使えばね」


 ざわ、と周囲が揺れる。



「でもね」


 一歩前に出る。


 炉の火が背中を照らす。


「ちゃんと手入れすれば戻る」


「戻らないなら、私の責任」



 胸の奥が、少しだけ強く打つ。


 怖くないわけじゃない。


 でも。


(逃げないって、決めた)



「今ここで見る?」


 顎で剣を示す。


「金は取るよ。でも、納得いかなかったらいらない」


 静かだが、芯のある声だった。



 中堅冒険者は一瞬、言葉を失う。


 そして剣を差し出した。


「……やってみろ」



 ブリジットは剣を受け取る。


 重みを感じる。


 刃を光にかざし、

 指先でなぞり、

 油を引く。


 布で丁寧に拭い、

 研ぎ石を当てる。


 動きは速いが、雑ではない。



「振ってみて」



 冒険者が空を切る。


 刃が空気を裂く音が、明らかに変わる。



「……戻ってる」



「だから言ったでしょ」


 ブリジットは肩をすくめる。


「血と油が膜を作って、切れ味を鈍らせるの」


「落ちるのは武器のせいじゃない。扱い方の問題」


 一拍。


「武器のせいにしないで」


 最後の一言だけ、強くなった。



 周囲で見ていた冒険者たちの視線が変わる。


 疑いから、観察へ。



 中堅冒険者は黙ったまま金を置いた。


「……次も来る」



 扉が閉まる。


 しばらくして。


 ブリジットは、ふう、と長く息を吐いた。


「……心臓に悪い」


 小さく笑うが、手のひらは少し汗ばんでいる。



「大丈夫ですか」


 伊勢が静かに問う。


「平気」


 一拍。


「……たぶんね」



 工房の外で、女武闘家の声が響く。


「ほら言ったでしょ! あそこ、ちゃんとしてるって!」


 笑い声。


 その明るさが、少しだけ救いになる。



 夕方。


 火の色が、橙から赤へ変わる。


 ブリジットは炉の前で、静かに立っていた。


「噂は止まらないね」


「はい。良いのも悪いのも」



「分かってる」


 彼女は火を見つめる。


「でもね」


 一拍。


「逃げたら、全部嘘になる」


 視線は揺れない。



 ギルドでは。


 シャウプが報告書を閉じる。


「……面白い」


 口元が歪む。


「小さな火が、広がってきやがった」



 リリアが静かに問う。


「どうなさいますか」



 シャウプは椅子に背を預ける。


「まだ見てるだけだ」


 一拍。


「だがな。火は、扱いを間違えると燃える」



 その言葉を、伊勢は聞いていた。


 噂は、味方にも敵にもなる。


 ならば。


 どう燃やすかを、考えるだけだ。

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