試した結果は、数字よりも先に顔に出る
工房の扉が、ぎい、と音を立てたのは昼前だった。
火はもう入っている。
鉄と油が混じった、いつもの匂い。
ブリジットは槌を置き、
一瞬だけ息を整えてから顔を上げた。
(……来た)
分かってはいても、
最初の一人は少し緊張する。
◆
入ってきたのは、若い冒険者だった。
「この前……ここで武器、買ったんだ」
ブリジットは頷く。
「覚えてるよ。ランクの札、ちゃんと見てた人でしょ」
冒険者は少し驚く。
◆
「点検、だよね?」
「……ああ。有料って聞いてさ」
◆
「いいよ」
一拍置く。
「……その代わり、ちゃんと見るから」
冒険者は剣を差し出す。
◆
ブリジットは刃を光にかざし、角度を変え、柄を軽く叩く。
表情が変わる。
「……ここ。踏み込み、深いね」
「え?」
「怖かったでしょ」
冒険者は黙る。
「敵が来ると一気に距離を詰めてる。でも体がまだ追いついてない。
だから、この辺に力が集中してる」
剣を返す。
「次はね、半歩でいい。半歩我慢して刃を当てる。
それだけで、刃はずっと長持ちするよ」
◆
「あともう一つ」
「モンスターの血と油、ちゃんと拭いてる?」
「……水で、軽く」
「それじゃ足りないよ」
声はきつくない。
「血も油も、乾くと刃の表面に膜を作る。
それが邪魔して切れ味が落ちるの」
一拍。
「切れなくなると、余計に力を入れるでしょ。
その結果が、刃こぼれ」
◆
「……それで、この欠け?」
「そう。昨日、硬いの当てたよね」
冒険者は頷く。
「次からは、ちゃんと拭くこと。布でいい。
切れ味が戻るだけで、戦い方も変わるよ」
◆
そのとき、後ろから声がした。
「……ねえ」
女武闘家だ。
「今の話さ。私、武器に頼らない分、無理して前に出ること多いんだけど」
一度ブリジットを見る。
「切れ味が落ちてると、余計に押し切ろうとするやつ、増えるよね」
◆
ブリジットははっきり頷いた。
「そう。判断が遅れるの」
◆
「ってことはさ」
「最初から“無理しない前提”で使える装備の方が、前に立ち続けられるってこと?」
◆
「そういうこと」
ブリジットは迷わない。
「派手じゃないけど、生き残るならそっちの方が合うよ」
◆
女武闘家は少し笑った。
「……帰りに棚、見せて」
◆
冒険者は頭を下げる。
「ありがとう。金、払う」
◆
昼下がり。
「……思ったより少ないね」
ブリジットは腕を組む。
「はい、想定どおりです」
「来ない人の方が多い」
「それでいいんだよね」
伊勢は頷く。
◆
点検を終えた冒険者たちの背中を見つめる。
「……顔が違う」
「はい」
◆
その夜。
伊勢はギルドで報告書を開く。
数字はまだ何も語らない。
だが。
(人は、もう動いている)
試した結果は、
数字よりも先に顔に出ていた。




