正しいものほど、残らない
工房の朝は早い。
火を入れる前の、静かな時間。
金属の匂いが、まだ眠っている。
ブリジットは腕を組んだまま、作業台に並んだ剣を見下ろしていた。
どれも、初心者向け。
どれも、壊れにくい。
そして――相変わらず、派手ではない。
◆
「で?」
ブリジットはちらりと伊勢を見ると、少し間を置いてから呼び方を変えた。
「……海人。昨日の続きだけどさ。“一緒に考える”って言ったよね?」
伊勢は小さく笑って頷く。
「はい。ただ、正直に言うと、昨日の案はそのままじゃ成立しません」
◆
「だよね」
ブリジットは即答し、腰に手を当てて鼻で小さく笑った。
「数が出たらさ、“無料で点検してくれ”って人が溢れる。
私、工房に籠もれなくなる」
それは、机上の空論ではない。
これまで何度も見てきた現実だった。
◆
「ブリジットさんは、お金儲けより冒険者の生き残りを優先する人です」
伊勢は作業台の剣を一本手に取り、刃先に視線を落とす。
ブリジットは否定しなかった。
◆
「だから、武器のメンテナンス自体は有料でいいと思います」
その一言に、ブリジットの眉がわずかに動く。
「ただし、価値を置く場所を変えるんです。
“直すこと”じゃなく、“見ること”に」
◆
「……見る?」
◆
「はい。刃の欠け方、歪み、持ち手の擦れ。
それを見れば、どこで無理をしたか、どう使われたかが分かる。
初心者用の武器を作り続けてきたブリジットさんだからこそ、です」
◆
ブリジットは思わず鼻で笑った。
「……そりゃあね。嫌ってほど分かるよ」
◆
「だから、メンテナンス料金には修理だけじゃなく、
使い方のアドバイスと、次に持つべき武器の提案も含める。
無料じゃない分、本気の人だけが来るし、
一人一人、ちゃんと見られる」
◆
「直すだけじゃない、か」
ブリジットはゆっくりと言葉を繋ぎ、作業台の剣に手を置いた。
「育てる、って感じだね」
「はい」
◆
工房に短い沈黙が落ちる。
ブリジットは自分の指先を見つめた。
そこには無数の小さな傷がある。
初心者を送り出し、戻ってきた者を迎えてきた数だけ刻まれた痕だ。
◆
「……それならさ」
顔を上げる。
「無料じゃない分、冷やかしも減る。
私も、ちゃんと向き合える」
伊勢は小さく頷いた。
◆
「この傷を見て、“次はこうしろ”って言えるの」
ブリジットは剣を軽く撫でる。
「……嫌いじゃない」
その言葉には、確かな実感があった。
◆
「すぐに儲かる案じゃありません」
伊勢は続ける。
「でも、赤字を減らせる可能性はある。
何より、ブリジットさんが今までやってきたことを無駄にしません」
◆
ブリジットはしばらく考え込んでから、伊勢の肩をぽん、と軽く叩いた。
「相変わらずさ。人の“やってきたこと”を拾うの、上手いね」
「こういうの、昔から結構やってまして」
そう返すと、ブリジットは声を立てて笑った。
◆
「……いいよ、海人」
少しだけ声を落とす。
「一回だけ。試そう」
その目には、覚悟と、ほんの少しの不安。
そして、確かな熱があった。
正しいものほど、残らない。
だからこそ――
残る形を、自分の手で作ってみる。
工房に、再び火が入る。
それは、武器と冒険者の関係を
“売って終わり”にしないための、最初の一打だった




