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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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正しいものほど、残らない

 工房の朝は早い。


 火を入れる前の、静かな時間。

 金属の匂いが、まだ眠っている。


 ブリジットは腕を組んだまま、作業台に並んだ剣を見下ろしていた。


 どれも、初心者向け。

 どれも、壊れにくい。

 そして――相変わらず、派手ではない。



「で?」


 ブリジットはちらりと伊勢を見ると、少し間を置いてから呼び方を変えた。


「……海人。昨日の続きだけどさ。“一緒に考える”って言ったよね?」


 伊勢は小さく笑って頷く。


「はい。ただ、正直に言うと、昨日の案はそのままじゃ成立しません」



「だよね」


 ブリジットは即答し、腰に手を当てて鼻で小さく笑った。


「数が出たらさ、“無料で点検してくれ”って人が溢れる。

 私、工房に籠もれなくなる」


 それは、机上の空論ではない。

 これまで何度も見てきた現実だった。



「ブリジットさんは、お金儲けより冒険者の生き残りを優先する人です」


 伊勢は作業台の剣を一本手に取り、刃先に視線を落とす。


 ブリジットは否定しなかった。



「だから、武器のメンテナンス自体は有料でいいと思います」


 その一言に、ブリジットの眉がわずかに動く。


「ただし、価値を置く場所を変えるんです。

 “直すこと”じゃなく、“見ること”に」



「……見る?」



「はい。刃の欠け方、歪み、持ち手の擦れ。

 それを見れば、どこで無理をしたか、どう使われたかが分かる。

 初心者用の武器を作り続けてきたブリジットさんだからこそ、です」



 ブリジットは思わず鼻で笑った。


「……そりゃあね。嫌ってほど分かるよ」



「だから、メンテナンス料金には修理だけじゃなく、

 使い方のアドバイスと、次に持つべき武器の提案も含める。

 無料じゃない分、本気の人だけが来るし、

 一人一人、ちゃんと見られる」



「直すだけじゃない、か」


 ブリジットはゆっくりと言葉を繋ぎ、作業台の剣に手を置いた。


「育てる、って感じだね」


「はい」



 工房に短い沈黙が落ちる。


 ブリジットは自分の指先を見つめた。

 そこには無数の小さな傷がある。

 初心者を送り出し、戻ってきた者を迎えてきた数だけ刻まれた痕だ。



「……それならさ」


 顔を上げる。


「無料じゃない分、冷やかしも減る。

 私も、ちゃんと向き合える」


 伊勢は小さく頷いた。



「この傷を見て、“次はこうしろ”って言えるの」


 ブリジットは剣を軽く撫でる。


「……嫌いじゃない」


 その言葉には、確かな実感があった。



「すぐに儲かる案じゃありません」


 伊勢は続ける。


「でも、赤字を減らせる可能性はある。

 何より、ブリジットさんが今までやってきたことを無駄にしません」



 ブリジットはしばらく考え込んでから、伊勢の肩をぽん、と軽く叩いた。


「相変わらずさ。人の“やってきたこと”を拾うの、上手いね」


「こういうの、昔から結構やってまして」


 そう返すと、ブリジットは声を立てて笑った。



「……いいよ、海人」


 少しだけ声を落とす。


「一回だけ。試そう」


 その目には、覚悟と、ほんの少しの不安。

 そして、確かな熱があった。


 正しいものほど、残らない。


 だからこそ――

 残る形を、自分の手で作ってみる。


 工房に、再び火が入る。


 それは、武器と冒険者の関係を

 “売って終わり”にしないための、最初の一打だった

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