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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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それを感情と呼ぶには、まだ早い

 リリアは、自分が今、どこを見ているのか分からなくなっていた。



 ギルドの二階。

 書類整理用の小部屋。


 窓からは道具屋通りが見下ろせる。


 冒険者が歩き、

 職人が声を張り、

 いつもと変わらないはずの風景。


 ――なのに。


 視線は、無意識に一人の人物を追っていた。



 伊勢が、ブリジットと話している。


 向かい合って、

 距離は近すぎず、遠すぎず。


 だが。


 ブリジットの表情は、

 これまでリリアが見てきたものとは違った。


 肩の力が抜けている。

 声が、少し柔らかい。


(……心を、許している)


 そう感じた瞬間、

 胸の奥に、細い針のようなものが刺さる。



 ――違う。


 すぐに、思考が否定する。


(仕事の話)


(信頼関係)


(それ以上でも、それ以下でもない)


 そう整理すれば、

 納得できるはずだった。



 リリアは、机に戻り、

 書類に目を落とす。


 採取者の配置。

 次週のローテーション。


 数字は、整っている。


 いつも通りだ。


(……問題なし)


 そう書き込もうとして、

 ペンが止まる。


 集中できていない。



 伊勢の声が、

 ふと耳に届く。


 大きくもなく、

 感情的でもない。


 それでも、

 相手の言葉を遮らない話し方。


(……あの人は)


(人を、置いていかない)


 だから。


 だからこそ。



 ブリジットが笑った。


 遠くからでも分かる、

 晴れた笑顔。


 その瞬間、

 胸の奥が、きゅっと縮む。


(……あ)


 初めて、

 その感覚を“自分のもの”として認識した。



 ――これは。


 嫉妬、と呼ぶには早い。


 好意、と言い切るには浅い。


 だが。


 見過ごしていい違和感ではない

 ということだけは、分かった。



 リリアは、深く息を吸った。


(私は、人事官)


(判断は冷静に)


(感情に振り回されない)


 いつも通りの、

 自分への言い聞かせ。


 けれど、

 今回は少しだけ違った。


(……でも)


(感情があること自体を、

 否定する必要はない)


 そう思えたのだ。



 窓の外で、

 伊勢がふと顔を上げる。


 一瞬だけ、

 視線が合った気がした。


 リリアは、

 反射的に視線を逸らす。


 心臓が、

 少しだけ速く打っていた。



(……まだ)


(今は、まだ)


 言葉にはしない。


 行動にも出さない。


 ただ。


 この感情が、

 どこへ向かうのかを、

 見届けることだけは、

 許してもいい。


 リリアは、そう思った。


 机の上の書類に、

 改めて目を落とす。


 文字は、

 もう滲んではいなかった。


 感情はまだ、

 名前を持たない。


 けれど確かに、

 そこに在った。

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