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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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選ぶ理由に、名前をつける

 道具屋通りは、朝から人が多かった。


 いつもと同じ時間。

 いつもと同じ顔ぶれ。


 それなのに――

 今日は、足を止める冒険者が多い。



 ブリジットは、棚の前で腕を組んでいた。


 剣や防具の横に、小さな札が下がっている。


――パーティランクE~D推奨


 それだけの、簡素な表記。


 だが、その札を前にして、

 冒険者たちはすぐには手を伸ばさなかった。


「……Eって、俺たちだよな」


「ギルドの評価、

 まだ上がってないし」


 四人組の初心者パーティが、

 顔を寄せて小声で話す。


 派手な装飾の剣に向かいかけた視線が、

 一度、戻ってきた。



 ブリジットは、無意識のうちに拳を握っていた。


(……また、選ばれない)


 そう思ってしまう自分を、

 止められない。


 これまで何度も見てきた光景だ。


 地味だ。

 数値はまずまず。

 値段も中途半端。


 “なんでそれを選ぶ?”

 そう言われてしまう武器。



「ブリジットさん」


 伊勢が、隣で静かに声をかける。


「冒険者のランクって、

 ギルドで管理されていますよね」


「うん」


 彼女は視線を棚から外さずに答えた。


「討伐実績と、生還率と、

 パーティでの行動記録」


「全部まとめて、

 ギルドが評価してる」


「仕事を振るための指標」


「そうです」


 伊勢は頷く。


「だから、

 装備選びに使う発想が

 今までなかった」


 ブリジットは、

 少しだけ考え込む。


「……貼られると、

 気にする人もいるしね」


「はい」


「ランクは、

 見るものであって」


「貼られるものじゃなかった」



 棚の前で、

 初心者の一人が呟いた。


「……Eなら、

 無理しない方がいいよな」


 その言葉に、

 ブリジットの胸が小さく跳ねる。


 “弱いから”ではない。


 “今の状態だから”。


 それは、

 彼女がずっと伝えられなかった言葉だった。



「“初心者向け”って言うと」


 伊勢は、あくまで整理するように言う。


「どうしても、

 逃げに聞こえてしまう」


「でも」


 札を指す。


「これは、

 公式な評価の確認です」


「良い悪いじゃない」


「今は、ここ」


 ブリジットは、

 目を細めた。


「……なるほど」


「選んだ理由を、

 自分で説明できるわけだ」



 初心者の一人が、

 ブリジットの剣を持ち上げる。


 振りは軽い。


 仲間の方を見る。


「派手じゃないけどさ」


「今の俺たちには、

 ちょうどよくない?」


 一瞬の沈黙。


 それから。


「……悪くないな」


「死ににくそうだし」


 その言葉に、

 ブリジットは息を呑んだ。



 全部が変わったわけじゃない。


 隣の棚では、

 派手な武器を手に取る冒険者もいる。


 安さで選ぶ者もいる。


 それでも。


 立ち止まる時間が、生まれていた。



「全部を変える必要は、

 ないと思います」


 伊勢は、

 ブリジットに向かって言った。


「勢いで行く人もいる」


「割り切る人もいる」


「でも」


 一拍。


「考える人が、

 増えました」


 ブリジットは、

 しばらく黙っていた。


 それから、

 ゆっくりと言う。


「……一人でもさ」


「ちゃんと考えて、

 選んでくれたなら」


 喉が、

 少しだけ詰まる。


「私、

 作り続けていいんだよね」


 伊勢は、

 迷わず頷いた。


「はい」



 少し離れた場所で、

 リリアはその様子を見ていた。


 伊勢は、前に出ていない。

 誰かを説得もしていない。


 ただ、

 選び方の“枠”を整えただけだ。


(……答えを、

 押しつけない)


(でも、

 逃げ道も作らない)


 そのやり方に、

 静かに納得する。


 同時に。


 ブリジットが伊勢を見る目に、

 確かな信頼が宿り始めていることにも、

 気づいてしまった。


 胸の奥が、

 ほんの少しだけざわつく。


 ――まだ、名前のない感情。



 夕方。


 装備を整えた初心者パーティが、

 ギルドの外へ向かっていく。


 背中は、

 朝よりも落ち着いて見えた。


 ブリジットは、

 その背中を見送りながら言った。


「伊勢」


 名前を呼ぶが、

 距離はまだ越えない。


「……今日は、

 ちゃんと意味があった」


 伊勢は、

 軽く頭を下げた。


 完全な解決ではない。


 だが、

 確実に何かが変わった。


 それで十分だと、

 今は思えた。


 火の匂いが、

 ゆっくりと街に溶けていく。


 それは、

 長く作り続けてきた武器が、

 初めて“選ばれ方を得た”匂いだった。

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