選ぶ理由に、名前をつける
道具屋通りは、朝から人が多かった。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ顔ぶれ。
それなのに――
今日は、足を止める冒険者が多い。
◆
ブリジットは、棚の前で腕を組んでいた。
剣や防具の横に、小さな札が下がっている。
――パーティランクE~D推奨
それだけの、簡素な表記。
だが、その札を前にして、
冒険者たちはすぐには手を伸ばさなかった。
「……Eって、俺たちだよな」
「ギルドの評価、
まだ上がってないし」
四人組の初心者パーティが、
顔を寄せて小声で話す。
派手な装飾の剣に向かいかけた視線が、
一度、戻ってきた。
◆
ブリジットは、無意識のうちに拳を握っていた。
(……また、選ばれない)
そう思ってしまう自分を、
止められない。
これまで何度も見てきた光景だ。
地味だ。
数値はまずまず。
値段も中途半端。
“なんでそれを選ぶ?”
そう言われてしまう武器。
◆
「ブリジットさん」
伊勢が、隣で静かに声をかける。
「冒険者のランクって、
ギルドで管理されていますよね」
「うん」
彼女は視線を棚から外さずに答えた。
「討伐実績と、生還率と、
パーティでの行動記録」
「全部まとめて、
ギルドが評価してる」
「仕事を振るための指標」
「そうです」
伊勢は頷く。
「だから、
装備選びに使う発想が
今までなかった」
ブリジットは、
少しだけ考え込む。
「……貼られると、
気にする人もいるしね」
「はい」
「ランクは、
見るものであって」
「貼られるものじゃなかった」
◆
棚の前で、
初心者の一人が呟いた。
「……Eなら、
無理しない方がいいよな」
その言葉に、
ブリジットの胸が小さく跳ねる。
“弱いから”ではない。
“今の状態だから”。
それは、
彼女がずっと伝えられなかった言葉だった。
◆
「“初心者向け”って言うと」
伊勢は、あくまで整理するように言う。
「どうしても、
逃げに聞こえてしまう」
「でも」
札を指す。
「これは、
公式な評価の確認です」
「良い悪いじゃない」
「今は、ここ」
ブリジットは、
目を細めた。
「……なるほど」
「選んだ理由を、
自分で説明できるわけだ」
◆
初心者の一人が、
ブリジットの剣を持ち上げる。
振りは軽い。
仲間の方を見る。
「派手じゃないけどさ」
「今の俺たちには、
ちょうどよくない?」
一瞬の沈黙。
それから。
「……悪くないな」
「死ににくそうだし」
その言葉に、
ブリジットは息を呑んだ。
◆
全部が変わったわけじゃない。
隣の棚では、
派手な武器を手に取る冒険者もいる。
安さで選ぶ者もいる。
それでも。
立ち止まる時間が、生まれていた。
◆
「全部を変える必要は、
ないと思います」
伊勢は、
ブリジットに向かって言った。
「勢いで行く人もいる」
「割り切る人もいる」
「でも」
一拍。
「考える人が、
増えました」
ブリジットは、
しばらく黙っていた。
それから、
ゆっくりと言う。
「……一人でもさ」
「ちゃんと考えて、
選んでくれたなら」
喉が、
少しだけ詰まる。
「私、
作り続けていいんだよね」
伊勢は、
迷わず頷いた。
「はい」
◆
少し離れた場所で、
リリアはその様子を見ていた。
伊勢は、前に出ていない。
誰かを説得もしていない。
ただ、
選び方の“枠”を整えただけだ。
(……答えを、
押しつけない)
(でも、
逃げ道も作らない)
そのやり方に、
静かに納得する。
同時に。
ブリジットが伊勢を見る目に、
確かな信頼が宿り始めていることにも、
気づいてしまった。
胸の奥が、
ほんの少しだけざわつく。
――まだ、名前のない感情。
◆
夕方。
装備を整えた初心者パーティが、
ギルドの外へ向かっていく。
背中は、
朝よりも落ち着いて見えた。
ブリジットは、
その背中を見送りながら言った。
「伊勢」
名前を呼ぶが、
距離はまだ越えない。
「……今日は、
ちゃんと意味があった」
伊勢は、
軽く頭を下げた。
完全な解決ではない。
だが、
確実に何かが変わった。
それで十分だと、
今は思えた。
火の匂いが、
ゆっくりと街に溶けていく。
それは、
長く作り続けてきた武器が、
初めて“選ばれ方を得た”匂いだった。




