それでも、その武器を作る理由
ブリジットの工房は、いつも熱かった。
火炉の前に立つのは、
今日が初めてではない。
何百回、何千回と繰り返してきた光景だ。
それでも――
彼女は今日も、同じ形の剣を打っている。
◆
「……また、その手の武器か」
工房を覗いた同業の鍛冶師が、
呆れたように言った。
「初心者向けだろ?」
「そんなの、
儲からないって分かってるだろ」
ブリジットは、
槌を止めずに答える。
「分かってるよ」
「でもさ」
金属を叩く音が、
言葉を区切る。
「必要だろ」
◆
初心者向けの武器。
軽く、扱いやすく、
無理な力をかけても事故が起きにくい。
見た目は地味。
数値も、派手ではない。
「中途半端なんだよ」
別の鍛冶師が笑う。
「高くもない、
安くもない」
「壊れにくいってことは、
買い替えも遅い」
「商売にならねぇ」
その言葉に、
ブリジットは一瞬だけ手を止めた。
◆
「……そうだね」
認めるように言う。
「商売だけ考えたら、
割に合わない」
でも、と続ける。
「最初に持つ武器ってさ」
槌を置き、
真っ直ぐ前を見る。
「そいつの冒険の“基準”になる」
「振り回して、
疲れて、
判断が遅れて」
「それで死んだら」
声が、少し低くなる。
「その後の装備の話なんて、
できないだろ」
◆
周囲は、
気まずそうに視線を逸らした。
「……理想論だな」
「現場は、そんな綺麗じゃない」
分かっている。
ブリジットは、
それを何度も見てきた。
派手な武器を持って、
勢いで突っ込む初心者。
数値だけを信じて、
戻ってこなかった背中。
◆
「だからさ」
ブリジットは、
誰に向けるでもなく言った。
「私は、
最初に生き残るための武器を作る」
「売れなくても」
「笑われても」
「それがないと、
次がないんだ」
◆
後日。
道具屋通りで、
伊勢はその話を聞いていた。
ブリジットの工房で、
並べられた地味な装備。
「……周りから、
何か言われますか」
伊勢が尋ねる。
「そりゃ言われるよ」
ブリジットは笑う。
「“余計なお世話”とか」
「“自己責任だろ”とか」
「でも」
肩をすくめる。
「自己責任で済むのは、
生きて帰ったやつだけだ」
◆
伊勢は、
装備を手に取る。
重すぎず、
軽すぎず。
明らかに、
“無理をさせない”作りだ。
(……これは)
(選ばれない理由も、
選ばれるべき理由も、
はっきりしている)
だからこそ、
届かない。
◆
「ブリジットさん」
伊勢は、
慎重に言葉を選ぶ。
「もし」
一拍。
「“初心者だから”じゃなく」
「“今の状態だから”
選べるとしたら」
ブリジットは、
眉を上げた。
「……状態?」
「はい」
伊勢は頷く。
「個人じゃなく、
パーティとしての状態」
「それなら、
逃げじゃなくなる」
ブリジットは、
しばらく黙っていた。
◆
「……なるほどね」
小さく笑う。
「考えたこと、
なかった」
そして、
伊勢を見る。
「それ、
ちゃんと話してもいい?」
「ギルドにも?」
伊勢は、
静かに頷いた。
「ええ」
「公平な形なら」
◆
その夜。
ブリジットは、
工房で一人、火を落とした。
並ぶのは、
今日も同じ初心者向けの武器。
でも。
(……届くかもしれない)
そんな予感が、
初めて胸に灯った。
選ばれない理由は、
分かっている。
なら――
選ばれ方を変えればいい。
その答えに、
もう一歩で手が届きそうだった。




