火花みたいな人
その声は、ギルドの空気を一瞬で変えた。
「――だからさ、売れないんだよ!」
張りがあって、明るい。
そして、やけに真っ直ぐだった。
伊勢は足を止め、入口の方へ視線を向ける。
そこに立っていたのは、小柄な女性だった。
◆
褐色の肌。
肩口まで露出した薄着の上に、
使い込まれた革のエプロン。
オレンジ色の髪は短くまとめられているが、
ところどころ跳ねている。
火の前に立つ人間特有の、
熱を帯びた存在感。
――ドワーフ。
一目でそう分かった。
「初心者向けに作ってるのにさ!」
女性は、職員に向かって腕を組み、
勢いよく言葉を続けている。
「“最初はこれくらいがいい”って
何回説明しても、
派手なやつとか、
数値だけ高いのを欲しがるんだよ!」
怒っている。
だが、八つ当たりではない。
そこにあるのは、
悔しさだった。
◆
「……落ち着いてください」
職員が困ったように宥める。
「相談は、順番に――」
「だから、その“相談”をしに来たんだって!」
女性は一歩踏み出す。
「最近さ、
初心者の動きが変わったって聞いた」
「無茶しなくなったとか、
装備をちゃんと考えるようになったとか」
伊勢の胸が、わずかにざわつく。
「それで調べたら、
ギルドにいるんでしょ?」
女性の視線が、
ふいにこちらを掠めた。
「数字だけじゃなくて、
現場も見て話す奴」
そして、
ぴたりと伊勢を捉える。
◆
「……あ」
職員が気づいたように振り返る。
「伊勢さん」
その呼び名で、
場の空気が一瞬止まった。
女性は、目を丸くした。
次の瞬間、
ぱっと表情が明るくなる。
「あ、アンタか!」
ずかずかと距離を詰めてくる。
思わず伊勢が一歩引くほどの近さ。
「伊勢、だよね?」
「……はい」
「やっぱり!」
満面の笑み。
「噂どおりだ!
ちゃんと人の目してる!」
◆
リリアが、少し遅れて状況に気づいた。
入口付近で、
見知らぬドワーフの女性が
伊勢にぐっと近づいている。
(……近い)
自覚する前に、
胸の奥が小さくざわつく。
◆
「ブリジット!」
女性は、胸を叩いて名乗った。
「鍛冶師やってる!」
「で、今日は――」
そこで一拍置き、
真剣な目になる。
「相談がある」
さっきまでの勢いとは違う、
仕事の顔。
◆
簡易の応接スペースに場所を移す。
ブリジットは椅子に腰掛けると、
肘をついて前のめりになった。
「単刀直入に言うね」
「初心者向け装備が、売れない」
言い切りだった。
「ちゃんとしたやつ作ってる」
「軽くて、扱いやすくて、
壊れにくくて、
無理しない前提の装備」
「でもさ」
肩をすくめる。
「誰も選ばない」
◆
「派手な武器がいい」
「数値が高いのがいい」
「安いなら安いで、
極端なのを掴む」
「それで死ぬか、
運よく生き残っても
“運が悪かった”で終わる」
ブリジットは歯を食いしばった。
「……納得いかないんだよ」
「ちゃんと生き延びるための装備なのに」
◆
伊勢は、すぐには口を開かなかった。
ただ、頷く。
「作り手としては、
そうなりますよね」
その一言に、
ブリジットの目が大きく見開かれる。
「……分かる?」
「分かります」
即答だった。
「それは、
“装備の問題”じゃない」
「“選び方”の問題です」
◆
ブリジットは、
一瞬ぽかんとしたあと、
ぐっと身を乗り出した。
「……アンタ」
「ちゃんと話、聞いてくれるんだね」
距離が、さらに近くなる。
「お願い」
「一緒に考えてほしい」
「このままだと、
初心者が死ぬ」
「私の装備が、
誰にも届かない」
◆
伊勢は、
一瞬だけリリアの方を見た。
リリアは、表情を崩していない。
だが、
指先がわずかに強く握られている。
その小さな変化を、
伊勢は見逃さなかった。
◆
「分かりました」
伊勢は、静かに答える。
「ただし」
一拍。
「一緒に現場を見ましょう」
「売れない理由は、
机の上だけじゃ分からない」
ブリジットは、
その言葉を聞いた瞬間――
ぱっと笑った。
太陽みたいな笑顔だった。
「最高!」
「やっぱり噂どおりだ!」
そして、
遠慮なく伊勢の背中を叩く。
「よろしくね、伊勢!」
◆
その様子を見ながら、
リリアは小さく息を吸った。
(……仕事、仕事)
そう思いながらも、
胸の奥のざわめきは、
なかなか静まらなかった。
一方で伊勢は、
はっきりと感じていた。
これは、
逃げられない依頼だ。
そして――
ここにいる理由を、
試される仕事でもある。
火花みたいな人が持ち込んだ問題は、
確実に、次の扉を叩いていた。




