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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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ここにいる理由を、まだ言葉にできない

 伊勢は、朝のギルドが少し好きだった。


 冒険者が集まり始める前。

 掲示板の前も静かで、

 職員たちの足音だけが石床に響く時間。


 誰かに呼ばれているわけでもなく、

 命じられているわけでもない。


 それでも、当たり前のようにここに立っている。


 その事実が、最近になって少しだけ不思議に思えるようになった。



「伊勢さん」


 声をかけられ、顔を上げる。


 若い職員が、書類を抱えて立っていた。


「この配置案、見てもらえますか?」


「はい」


 自然に受け取る。


 内容を確認し、

 不足している視点を一つ二つ補足する。


「ここ、初心者パーティの動線が被りますね」


「……あ、本当だ」


「休憩地点を一つ前に置いた方が安全です」


「ありがとうございます!」


 職員は、ほっとしたように頭を下げて去っていった。


 その背中を見送りながら、伊勢は思う。


(……普通だ)


 頼られている。

 応えている。


 それが、すっかり当たり前になっている。



 少し前まで、

 自分は“外から来た人間”だった。


 異世界からの出向者。

 期限付きの存在。


 けれど今は、

 誰もその肩書きを口にしない。


 仕事を振られ、

 判断を求められ、

 結果を期待される。


 それでも――。


 胸の奥に、

 いつも引っかかっているものがある。


 誰も、口には出さない。


 けれど。


 頭の隅には、確かにある。


 出向期限。

 配置転換。

 意思確認。


 終わりが来ることを、

 最初から前提にしている言葉たち。


(……仮の場所、か)


 そう思った瞬間、

 少しだけ胸が冷えた。



 昼前、中庭を通りかかると、

 リリアがベンチに腰掛けていた。


 書類を膝に置き、

 真剣な表情で目を通している。


「……お疲れさまです」


 声をかけると、顔を上げた。


「あ、伊勢様」


 一瞬だけ、呼び方が揺れる。


「お疲れさまです」


 その短いやり取りで、

 距離が少し戻ったような気がした。


「何か、ありましたか?」


「いえ」


 リリアは首を振る。


「ただ……考え事を」


 それ以上は言わない。


 伊勢も、踏み込まなかった。


 踏み込めない理由が、

 自分にも分かってしまったからだ。



 午後。


 シャウプに呼ばれ、

 簡単な報告を行う。


「現場は、落ち着いてきているな」


「はい。完全ではありませんが」


「十分だ」


 シャウプは短く頷いた。


 それから、ふと伊勢を見る。


「……お前」


「はい」


「ここにいるの、

 居心地はどうだ」


 不意打ちのような質問だった。


 伊勢は、すぐには答えられなかった。


「……居心地は、いいです」


 嘘ではない。


 だが、それだけでは足りない。


「ただ」


 一拍置いて続ける。


「ここは、

 “ずっといる場所”ではないのだろうな、と」


 シャウプは、黙って聞いていた。


「出向ですから」


 伊勢は、淡々と言った。


「役目が終われば、

 私は……」


 その先は、言葉にしなかった。



 シャウプは、椅子に深く腰掛ける。


「居場所ってのはな」


 低い声で言う。


「最初から用意されてるもんじゃない」


「必要とされて、

 それに応えて、

 それでも残りたいと思ったときに、

 初めて自分で決めるもんだ」


 伊勢は、目を伏せた。


「……決めて、いいんでしょうか」


「決めなきゃならん」


 即答だった。


「期限があろうが、

 立場が何だろうが」


「“今、ここにいる理由”を

 自分で分からなくなったら、

 それこそ終わりだ」


 その言葉は、

 励ましでも命令でもなく、

 忠告だった。



 夕方。


 ギルドの入口付近で、

 少しだけ騒がしい声が聞こえた。


「……だからさ、売れないんだよ!」


 明るく、張りのある声。

 火花が散るような勢いのある声だった。


 職員が困ったように対応している。


「最近さ、初心者に向けて色々と知恵を出してる奴がいるって聞いたんだ!」


 その言葉に、伊勢は足を止めた。


「ギルドにいるってさ。

 数字だけじゃなくて、現場も見て話す奴だって」


「……ええと、相談内容を整理してから――」


「いいから一回、会わせてよ!」

「作ってる側の話、ちゃんと聞いてくれるんでしょ?」


 その声には、

 不満だけではない。


 期待が混じっていた。


 伊勢は、声の主の姿をまだ見ていない。


 けれど。


(……探されている)


 そう、直感した。


 今日は、まだ踏み込まない。


 だが――

 次は、ここにいる理由を問われる仕事になる。


 その予感だけが、

 胸の奥で静かに形を持ち始めていた。

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