その01 年末
「て、手前も『来訪祭』に行きとうございます! 後生です!」
「お前さンは前夜祭をお愉しみだったろうが! 留守番だよ留守番!」
『来訪祭』当日、今年もあと数時間。穏やかな冬晴れの朝、無断外泊のヘアルトがこっそり早朝帰宅するも、あっさり見つかってこってり絞られていた。
「昨日……一昨日はイウノちゃんたち三人で、今日はヘアルトちゃん。罰当番が足りないわ」
「朝晩の当番でも何でもしますから、『来訪祭』はっ、『来訪祭』だけはお願い致します!」
平身低頭で必死に懇願するヘアルト。
お冠の院長先生とおばあちゃん先生。理由があったとは言え、一昨日無断外泊した私に言えることはない。
「まあまあ、お祭りくらいいいじゃないのさぁ〜、せっかくなんだし。
ただしお小遣い抜きでどう?」
まだ起きていた司書先生の執り成しに、院長先生は首を振る。
「コイツ、金がなくても遊べるぜ?」
「じゃあ、単独行動禁止にいたしましょう〜。私はお留守番なので、リノインとトリシスのどっちかと居てね?」
おばあちゃん先生の言葉に、心底嫌そうなヘアルト。
院長先生と立ち飲み屋に行けるんだからもっと喜べばいいと思うよ。
今日の修道院の予定は昼までだ。そこからは自由行動である。
院長先生から渡されるお小遣いと、写本などで渡される報酬を引っ掴んで、年に一度の夜通しのお祭りだ。
『来訪祭』当日は太陽のように暖かく明るい光が空に昇り、月が無くとも邪神の眷属は動けない。
冬場なのに暖かく凍える心配はないし、色んなお店が並んでいて一晩かけても遊び切れない。
私たち『見習い』組は、午後一にベタくんと待ち合わせて、ティカイルクスの邸までルシビルくんを迎えに行く。
夕方にはティカイの街の中心にある大広場で、院長先生がありがたい説法をするので、その後は各自好きなように行動。
ちなみに私は、トチェドとチオットを二人きりにさせてあげられないかと画策中だ。
足の悪いおばあちゃん先生は、修道院でお留守番。
司書先生は本屋回りだというけど、回るほど本屋さんてあったっけ?
昨晩外泊してタハンの話を『優しく』聞いているはずのニカお姉さまとは、昼に一度合流予定。
お祭りが苦手なボゥお姉さまだけど、今日はエーコちゃんにせがまれて夕方までは一緒に行動するそうだ。
「イゥノ、おはヨ!」
「おはようヌーヨド、痛い所は無い?」
「おれ、とっても元気だよ!」
飼育小屋の掃除が終わった頃に、早起きのヌーヨドが飛び出してくる。朝から元気で一安心。
昨日タハンに叩き付けられて失神したが、夕方には元気だった。夜中に気持ち悪くなることも無かったようだ。
ちっちゃなたんこぶが後頭部にある。それを見せてくれるヌーヨド、ウィンプルをかぶっていないのは大目に見る。
劇を見に行った時は、顔にベールをかけていた。本人は嫌がったが、無いと街中を歩くのも難しいから仕方ない。この後もベールが必要なので、今くらいは被り物無しでいいでしょう。
修道院に来てからまだ半月足らずだが、ヌーヨドは多くの言葉を憶えて、驚くほどに細かい作業が得意になった。
といっても、集中力が続くのは虫関係のことばかり。
だが、図鑑の絵を板に模写していた時には驚いた。虫の写実画に限定すれば、修道院で右に出るものは居ないくらいだ。
朝から元気なヌーヨド、午前中に彼女の面倒を見るのは私の役目だ。
体が小さく非力なので、水汲みやお料理を任せることは難しいが、お手伝いなら頼める。
「卵、二個取っておいて」
「使わないのヨ?」
「ルシビルくんにおやつを焼いてく約束したから」
とは言うものの、正直私は困っていた。
焼き菓子を甘くする糖分が無い。昨日の内に干し果物でも買っておけば良かった。
お菓子作りと言ったらチオットであるが、彼女はいつも朝に弱い上に、昨晩は大変不機嫌だった。
トチェドの性別と、彼の進退の共有をしたせいだ。
二人だけの秘密は無くなり、その上六年間も離れてしまうのだ。そんな事を勝手に決められて、しかも私とロドゥバは訳知り顔。
チオットは黙り込み、呼び止めるトチェドを無視して部屋に閉じこもってしまった。
どうにか機嫌を直すために、午後の買い物ではまずプレゼントを購入するようにトチェドに勧めたけれど。
それで上手くいくかどうか。
「えっへっへ、イウノさん。水汲みは終わりました。他に手伝うことがございましたらどんな雑用でも手前に任せてくださいませ」
「じゃあ、トイレ掃除かな」
「喜んで!」
もみ手をしながら汚れ仕事も進んで行うヘアルト、結局この後配られる銀貨が貰えなくなっまらしく、お金を誰かに借りるしか無いのだ。
というか、一昨日ニカお姉さまたちと飲んだ立ち飲み屋さんの酒代も借りてるらしいし、借金が膨らむだけなのでは?
とりあえず哀れに思った私が、お手伝いを条件に銀貨を一枚貸すことにした。
写本などのお駄賃で、私も銀貨の貯金がある。この所勉強に忙しかったが、前は自由時間に写本をしていた。
一冊につき銀貨一枚から三枚。トチェドはお仕事が出来ない分、暇さえあれば写本をして来たので、もっと貯め込んでいるだろう。
とかなんとかやっている内に、今朝の朝ご飯が完成した。
いつも通り、つまり昨日のスープの残りで砕いた乾パンをふやかしたお粥と、卵を焼いたオムレツだ。
「おはようございますわ」「おはヨ、ロデュバ!」
「おはようございます」「……おはよう」
広間の食卓に集まる面々、私はトチェドの腕にしがみついて現れたチオットに苦笑した。
なんだ、杞憂だったみたい。『夢の中』で仲直りできたみたいね。




