その09 殺戮者の手管
目障りな先代当主の子供をどこかに監禁してしまうのは、まあ何となく分かる。
相手は子供で、後々の禍根になるとは分かっていても殺してしまうのは人道に反するからだ。
自分の領内に隠さなかった理由も想像できる。
先代当主のシンパが、その子を祭り上げて反乱を起こすかもしれない。その場合、敵が自領のどこに紛れているか分からない。安心して隠すことは難しいだろう。
男の子に女の子のフリをさせて、修道院に入れることは? いまいちよく分からない。
見つかりにくくするため? 誰から? それはもちろん、先代当主のシンパからだ。
もしもトチェドが本当に男の子だった場合、男子禁制の修道院に居るとは思われまい。
つまり、トチェドは現当主によって上手に隠されていた事になる。
「ありえませんわ! あなたの命を狙うとは思えません!」
「ボクもそう思いますよ。タガサット家はボクを無力化はしたくても、表立っては殺せないのです」
自分の言い出したことなのに、簡単に掌を返すトチェド。いや、掌を返した訳ではない?
トチェドなりの理由があるのだ。
「タガサットの当主は、ボクを邪魔だと思っています。でも、無力な子供を殺すに殺せない。
だから女の子のフリをさせて修道院に預けて、しかも一切の仕事を許してくれません」
「え、待ってくださいまし、え? え?」
「ああやっぱり」「おや、先輩も疑ってました?」
エーコちゃん凄いな。
「チオット先輩との関係が、完全に男女の愁嘆場でしたので」
「納得」「納得できませんわ!」
頭を振るロドゥバ。青ざめて小刻みに震え、両手で口を抑えている。
「男子禁制の修道院に……こないだなんで皆で、ど、どど……同衾……」
「雑魚寝でしたね」
「秘密にしていたのは申し訳ないとは思っています」
でも、話してしまえば修道院には居られない。
「でも誓って、邪なことはしていません」
「チオットに対しても言えますの!?」
「はい」
「うぅ……」
トチェドの断言にロドゥバは口を噤む。ロドゥバは押しに弱いよね。
とにかくトチェドは修道院の仕事を免除されている。いや、仕事をすることを許可されていないのだ。
前にトチェドは言っていた。『牙を抜いて何も出来ない役立たずにしようとしている』。
それに抗い、トチェドは勉強や写本で生計を立てる方法を模索していた。
「ボクを修道院に預けた理由は、内通者の存在を疑って居たからでしょう。
男の子が、因縁のあるティカイルクス領の修道院に居るなんて想像もできませんからね」
「それがすぐに探し当てられたなら、なるほど確かに内通者ですね」
「トチェド、何年?」
「四年です。その間にタハンたちはボクを探し回ったんでしょうね」
そして、どこからか修道院の情報を得たのだろう。タハンはトチェドを見つけた時に服装に驚かなかった。
あの飲み屋で見つかっていなくても、早晩聖パトリルクス修道院に辿り着いていたに違いあるまい。
「うーん、うーん。納得行きませんわ……院長先生はどうお考えですの?」
「院長先生とおばあちゃん先生はご存知ですよ。不埒な真似をしたら叩き出すぞと念を押されましたが」
「ヘアルトには秘密にしないといけませんわね」
トチェドがヘアルトに不埒なことをされちゃったら、チオットが黙っていまい。刃傷沙汰になるよ。
「話を戻しますが、やはりトチェドの命を狙う理由が分かりません」
「これまで話した通りなのですが、ええと……タガサット家がボクを殺す気がない、立場上殺せない所までは分かりましたよね?」
頷く私たち三人。
「でも、可能ならば排除したい。タガサット現当主は絶対にボクを危険視しています」
「なぜです?」
「陰謀と暗殺で領主の地位を手に入れた男です。自分の敵が同じ方法を取ると信じて疑わないでしょう」
ゾッとする。顔も知らないタガサット当主、いつかトチェドに暗殺されると思っているのだ。
「だから、ボクを殺すつもりは無い。というアピールを続けて来た訳です」
ここまで言われて、私たちも理解した。
トチェドへの態度はすべて、トチェドを暗殺した際に疑われないためのアリバイ工作だってこと?
そんな事、そんなの……あり得ないと言えるのか? トチェドの実父と兄は、魔物討伐のどさくさで殺されたのだという。
さっきトチェドが言った通りだ。
一度謀殺で手を汚した人間が、邪魔者を消すのに同じ方法を取らないと言えるのか。
「なので、ボクは逃げます。次期ティカイルクス子爵の腹心になれば暗殺の恐れはないでしょう。
ルシビルさんの提案は、ボクに取って渡りに船でした……あ」
トチェドはふと、重大な事に気が付いた様だった。
同じ事に私も気付く。
「流石に、その……お嫁さん候補として誘われた訳では無いと思いますけど……」
「トチェド先輩、いい度胸ですね。美少女二人に挟まれて我こそが最高の乙女なり、選ばれて当然とは……」
「顔と性格の良さではエーコちゃんには勝てないけどね」
「あなた方……ヴェーシア侯爵家の大輪の牡丹と呼ばれたこのわたくしに、美しさで勝てると思っておりますの!?」
タハンとその仲間のことはニカお姉さまとルシビルくんの手配した衛兵に任せて、私たちはその後修道院に帰った。
エーコちゃんとトチェド、二人と別れることになると思うと、聖パトリルクス修道院も寂しくなる。
でも、笑顔で二人の門出を祝いたい。
そして、何かあったら聖パトリルクス修道院の門はいつでも開いていることを思い出して欲しい。
聖パトリルクス修道院は、今日も明日も来年もきっと平和なのだから。
ちなみに、ヘアルトは理由もなく無断外泊をして、私たち以上の罰を受けることになった。




