精霊の牢獄
◇◇◇◇◇
今思えば〝そういう事〟だったのか。
とグレンは自分の胸の中に顔を埋めて幸せそうな顔をしているアリアを見て理解した。
遺跡からルウラ近郊へ転移が完了しても、アリアは離れようとしない。
遺跡に向かう時も、やたら寄って来たし転移が終わった事を名残惜しそうにしていた。
アリアの気持ちを知ってしまえば、なるほどだったが。まさか、あんな勘違いからこうなってしまうとは人生はわからないものである。
「アリアさん。転移終わってますよ?」
「うん、知ってる。本当に便利だけど、私は一緒に歩くのも悪くないなぁって思うんだ。その方が長く一緒に居られるし」
「そ、そうですか……」
グレンとて、かなりアリアとの会話には慣れていたはずだったのだが。こうなると振り出しに戻ったような〝ぎこちなさ〟が出てしまう。
ルウラに戻ったグレン達は一旦解散する事にした。
遺跡で発見した石碑について調べようと王立図書館へ行こうにも、朝にならないと開かないからだ。
「じゃあ、グレンくん。私の部屋に泊まる?」
「な、なに言ってるんですか! さすがにそれは……」
「あははっ、冗談だよ。私、これからグレンくんには積極的に行くから覚悟してね。じゃあ、また明日! 朝、迎えに来てね」
そしてアリアは大きく手を振って宿へ帰っていく。
あまりに積極的なアリアの行動に、グレンは終始緊張していた。
その後、グレンはギルドの支店長マルクスの元に〝死生蝶事件〟についての報告に向かった。
「────と、いう事で明日、王立図書館に行きますので。出勤は少し遅れると思います」
「わかりました。今回はさすがに大事でした。我がギルド支店の資金も尽きかけてましたから」
と、マルクスはホッとした表情で紅茶をすするが、その紅茶は確かグレンに向けて差し出されたものだ。
解決の報告を受け、安心して気が抜けたのだろうとグレンは敢えて何もツッコミはしない。
「まあ、後は徐々に落ち着いていくと思います。魔物さえ倒せれば、依頼主の方々も報酬金を払ってくれるでしょうから」
「グレンさんのお陰で、我がルウラ支店はかなり安定しました。本当に最後の最後までお疲れ様でした」
深々と頭を下げるマルクスにグレンは慌てて両手を振る。毎度毎度、グレンはこのやり取りが苦手だった。
「いや、だから支店長。普通にしてくださいよ。僕の方が年下なんですから」
「いえいえ、立場は違いますからな。明日の遅刻報告も必要ありませんでしたが、了解しました」
確かに、マルクスは普段からグレンの自由出勤を認めているので報告の必要はなかった。
一昔前は従業員に対する体裁でもあったのだか、今となっては従業員達すらグレンが好き勝手やっても普通に接してくれる始末だ。
それでも、こればかりはグレンの性格である。
しっかり遅刻する事を報告した上で────翌日の朝を迎えた。
グレンは約束通りアリアを迎えに行き、王立図書館の扉を開いた。
膨大な書籍の中から古代文字についての本を調べながら、遺跡の石碑に書いてあった文字を解読すると。それは〝精霊の牢獄〟を意味する言葉であった。
そこで、更に〝精霊の牢獄〟について調べた所。
遥か昔にイルマールの遺跡の地下に、複数の精霊を集めて封印した者の話に行き着いた。
そして精霊は何かに宿っていないと、長い年月と共に〝死生蝶〟と呼ばれる分散した魔力の発光体になってしまう事も記載されていた。
これで〝死生蝶〟が、別名〝精霊の灯火〟と呼ばれている理由にも納得できる。
つまり、死生蝶が現れた発生源としてはあの石碑に閉じ込められていた精霊という事で間違いないだろう。
では封印されていたものが何故、解放されたのかが問題である。
「精霊は精霊と共鳴する……みたいな事が書いてあるよね。これって何か精霊の魔力に反応して、私の中に〝死生蝶〟が流れ込んだ状況と関係するのかな? 私が何かしちゃった?」
「確かにそうですが、アリアさんが遺跡に入った時には既に〝死生蝶〟が解放されてましたからね」
しかもアリアの考えだと、グレンは過去に遺跡に行っているので、その時に解放してしまった可能性もある事になる。
とは言え、相当昔の事なのでグレンの精霊に反応して〝死生蝶〟が発生したなら、もっと昔から問題になっていた筈なのだ。
それに精霊の力に〝死生蝶〟が反応したにしても相当に強い魔力じゃないと、封印を破ってまで外に出る事は不可能ではないか? とグレンは考察する。
グレンが西方大陸に来た時には、既に自分の精霊をある程度はコントロール出来ていたので、精霊の魔力をだだ漏れさせるような事はない。
アリアに関しても、回復魔法で〝死生蝶〟とリンクしてしまった為。たまたま彼女の中の精霊が反応したような感じだったとグレンは思っている。
普段からアリアの中の精霊が魔力を解放していたなら、もっと前にグレンの中の精霊が感じ取っていたはずだ。
「〝精霊憑き〟って言っても、普段は精霊なんて表に出てないのよね? 自由に精霊を解放出来る人が意図的にあそこで解放したとか……」
と、唇に指を当てて小首を傾けるアリアから、グレンは目を剃らす。
どうも昨日突然の告白を受けて以来、グレンは彼女の然り気無い仕草がやたら可愛らしく感じてしまうのだ。
だが、そう思ってる事を気取られると彼女にいじられる事になるのでグレンは冷静を装って答えた。
「精霊を自由に解放は考えられませんね。アリアさんも精霊を解放するリスクがわかったでしょ? そもそも〝精霊憑き〟自体がレアですから」
グレンが昔、師匠であるシオン・ハイドから教わったのは精霊にもランクがある事だ。
小さな精霊が憑いてる者はたまにいるみたいだが、そういうのは〝精霊憑き〟とは言わないという。
〝精霊憑き〟とは、意思を持ってる程の高ランク精霊が憑いてる者であり、例えば水巫女なんかは生まれつき〝精霊王〟が宿っていると聞いた事がある。
そんなのがあちこちにいるなら、水巫女だけが危険視される事はなかっただろう。
「ま、まあね。あんなに好き勝手されたら困るもん。でもすごい偶然だよね。私と、グレンくんと、リュシカちゃん。三人の〝精霊憑き〟がこの辺りに集まってたって事になるのよね?」
「まあ、すごい確率ですね」
そう何気に答えながらもグレンは思った。
リュシカが西方大陸に来た辺りから、死生蝶が発生し始めた可能性はないだろうか?
これについてハッキリさせるには、現時点で城の牢獄に入ってるビリディくらいしか近くに情報を持ってそうな者がいない。
「一度、ナルシーさんに言ってビリディさんと面会させてもらいましょう。リュシカさんが遺跡を通ってる可能性はありますし」
王立図書館から城は近い。
グレンとアリアは城に向かい、先ずはナルシーとの面会を求めた。
しかし、ナルシーは王国案件の依頼をしにギルドに向かっているようだ。
そんな雑用染みた事は兵士に任せればよいと思うのだが、案外ナルシーという男は自分の知名度も考えずにギルドに顔を出す事が多い。
ということで、グレン達はギルドへと向かう事にした。




