二十点の告白
グレンの冷静な分析──否、『トドメの一撃』を受け。アリアの羞恥心という名の致死的なウイルスが理性を完全に破壊する。
その恥ずかしさが許容量を突破した瞬間。どうにも逆ギレに近い理不尽な怒りが湧き上がってきた。
「……じゃあ、もうハッキリ言うけど! グレンくんも私の事『好き』みたいな事言ったよね!? 凄く嬉しかったのに、あれからハッキリしてくれないし、宙ぶらりんにされたら戸惑うに決まってるでしょ!」
「あ、あの。抑えてください。また精霊が表層に……」
一切の動揺を見せず答えるグレン。
そのどこまでもマイペースな態度に、アリアは益々自分の空回り具合が恥ずかしくなったが、一度溢れ出た言葉はもう止められない。
「これは精霊じゃなくて、私の100%の意思だよ! ビリディさんとリュシカちゃんに初めて会ったあの日、ギルドで『私と付き合ってもいいと思ってる?』って聞いたら、『むしろ僕はそうなりたい』って言ったよね! あれは紛れもない告白よ、告白! つまり、グレンくんが先に私に告白してきたんだから!」
我ながら極限の感情論で一体何を捲し立てているのだ、と思いながら。チラリとグレンの顔色を伺う。
グレンは顎に手に当て深く考え込んでおり、やがて「ああっ!」と、声をあげた。
「やっと思い出した?」
「はい。……それって、僕の『仕事』に対するパートナー契約の話ですよね?」
「仕事でもなんでも、告白は告白……、ん? ……仕事? 〝仕事に付き合う〟って意味だと思ってたって事?」
「ええ。そうじゃないんですか?……」
「……じゃあ、グレンくんが言ってたのは『仕事における、パートナー関係になりたい』って意味?」
「そ、そういう意味ですよ? 」
アリアはあの時の甘いやり取りを、今一度脳内で反芻した。
どれだけ客観的に考えてもアレは告白でしょ……とも思うのだが。相手は究極の合理主義であり、仕事の話と言われたら確かにそう解釈できなくもなかった。
いや。むしろ、都合良く聞き違いしていたのは完全に自分の方かもしれないと、考える程に冷静さを取り戻してきた。
全ては自分の〝痛すぎる勘違い〟だったのか? 結局、彼にとって私は『仕事の仲間』でしかなかったのか。
冷静に分析してみれば。アリアは、グレンが裏の掃除屋『ソティラス』だという極秘秘密を知っている唯一の部外者であり。それは彼の致命的な『弱み』を握っているリスク要因なのかもしれない。
(え!? グレン君……情報漏洩を防ぐ為に私を突き放せないだけ?)
アリアは理解した。自分は彼の弱みに付け入って側にいるだけの寄生虫ではないか……と、絶望的なシミュレーションに行き着き頭を抱える。
とはいえ、何度か彼に命の危機を助けてもらった。本当にただの邪魔者なら、あんな危険を冒してまで助けたりするのか? と、必死にプラスの思考も回してみる……が、しかし。
まあ彼なら相手が誰であろうと助けるだろう。
そう。
グレン・ターナーという男は、そもそも人の為に動ける。そういう人間だったではないか……と、アリアは最終的な結論に至り。途端にガックリと全身の力が抜け、もはや自嘲的な乾いた笑いすら漏れ出してくる。
「ははは……そうだよね。なんか、ごめんね。私って最初も盗賊に捕まって、最近もビリディさんに捕まってさ。グレンくんの邪魔ばっかしてるね。迷惑がられる事はあれど、好かれる要素なんてないのに。私、一体何を勘違いしてたのか……」
一人で脳内恋愛を繰り広げていたくせに、あろうことか逆ギレ気味に捲し立ててしまった痛すぎる自分に。羞恥心と情けなさで、もはやグレンの顔を見る事すら出来ない。
「ははっ。本当、アリアさんは勘違いしすぎですよ」
グレンから気を遣うような言葉をかけられ、アリアの瞼には、自己嫌悪と悲しみと恥ずかしさが入り交じった制御不能な涙が溜まりだす。
しかし、ここで泣いたら、それこそ本当に『面倒くさい女』だ。
アリアは涙がこぼれ落ちないよう必死に洞窟の天井を見あげた。グレンに背を向け、瞼に溜まる水分を乱暴に拭い去り、平静を装う為に必死で呼吸を整えていると、グレンが言う。
「僕は、一度もアリアさんを邪魔だなんて思った事ないです。ほら、今もアリアさんのお陰で〝死生蝶〟は完全に消えました!」
言われてみれば、辺りはいつの間にか深い暗闇に包まれている。
未だにアリアの体から漏れ出す僅かな光魔力の残滓が周囲を仄かに照らしているが、空間を埋め尽くしていたあの死生蝶の不気味な蒼白い光は完全に消滅していた。
体内を巡る圧倒的な魔力は、本当に自分の中に寄生する精霊の力なのか……などと、己の体から溢れる光を見つめていると、少しづつその光も収束していった。
このままでは洞窟内が完全に闇になるので、アリアは周囲の空間を照らす為の光魔法を展開する。
辺りは昼間のように明るくなり、背後に立つグレンの顔がハッキリと見えるようになると。この気まずい空気を払拭しようと、アリアは喉奥からカラカラの言葉を絞り出す。
「ほ、本当だ。こんな私でも、少しはグレンくんの役に立ったね……ハハハっ」
「……役に立つ立たないじゃなく。僕にとって、アリアさんは『必要な存在』なんですよ」
そのグレンの言葉の真意が読み取れず、アリアは小首を傾けてグレンをまじまじと見た。すると彼は、極めて珍しく、少し照れくさそうに頭を掻きながら視線を逸らしている。
「……それって戦術的な意味?」
「僕は、これまで『ソティラス』を背負って生きる為、出来るだけ誰とも関わらないように生きてきました。でも、アリアさんと共に行動するようになって……僕は明らかに変わった。つまり……まあ、その。物理的に? いや、精神的に、なのかな? 側に居てほしい……とか思っちゃったり……」
グレンの言葉は、いつもの理路整然とした彼らしくない物言いだ。故に、アリアにも一瞬その正確な意味が伝わってこなかったが、元々彼は絶望的なまでに口下手で、自分の感情を上手く言語化出来ない不器用な人間である。
だからグレンの言いたい事を、アリアの乙女回路は全力で解釈して──ものすごく〝都合良く〟解釈したのち、退路を断つように率直に訊ねてみた。
「……それって、要するに。グレンくんも私の事を恋愛的な意味で〝好き〟って言ってたりする?」
「そ、そういう直接的な事は、僕の口から言えない……です」
「ハッキリと言葉にしてくれないなら、もう一緒にいてあげないよ?」
「それは困ります……。まあ、要約すれば、そういう感じの事ですよ」
そういう感じって何よ……と、アリア的には少々消化不良ではあるが。今まで見た事がないくらいに顔面を赤くして視線を泳がせる彼を見れば、流石に言いたい事は伝わってきた。
アリアは自分の感情のリミッターを抑えられなくなり、思わずグレンを強く抱きしめた。
「告白としては二十点だけど。まあ、仕方ないから、これからも私が特別に一緒にいてあげようかな」
「……あ、ありがとうございます」
全く目を合わせようとしないグレンが堪らなく愛おしく思え、アリアは少し強引に彼の大きな手をギュッと引いた。
「じゃあ、ルウラに戻ろう」
「あ、はい。……そういえば、あの〝光の池〟完全に無くなりましたね」
グレンが言う通り、気が付けば死生蝶の培養槽であった広大な光の池は完全に消え去っていた。見れば、水が引いた底に小さな古い石碑がポツンと建っている。
「これ、一体何の石碑かな?」
「古代文字ですかね? 流石の僕にも直ぐには解読出来ないので、後からギルドで調べてみましょう」
「そうね。……ところでグレンくん。一応念押しで聞くけど、私の事『好き』ってのは、友達として……とかじゃないよね? 今度こそ本気で怒るんだけど?」
「そ、その話しはさっき解決しましたよね!? 」
やはりハッキリとしないグレンの逃げ腰な態度。アリアは、わざと真っ直ぐに視線を送り続けてみた。
これからは、遠慮無く私の方からこの距離を縮めていこう!と、心に決めて────。




