死生蝶の泉
グレンは仕事が終わってから、待ち合わせしていた場所へと向かった。
そこにいたアリアの顔を見て「じゃあ行きましょう」と声をかけると、コクりと頷いたアリアの肩を抱く。
淡い緑色をした小さな粒状の発光体が、グレンとアリアを囲み出した時。
アリアがグレンに体を預けるように密着してきた。
その突然の行動に驚いたグレンだが、緑の発光体の全てが泡のように弾けて消えた次の瞬間。
グレンとアリアはイルマール大森林の遺跡の前にいた。
「あ、アリアさん。着きましたよ」
「うん。なんか一瞬過ぎて寂しいなぁ」
「いや、まあ。そういうものなので」
何と答えてよいかわからず、とりあえずドキドキと高鳴る心臓の音を聞かれないよう、グレンは静かにアリアを自分から離す。
そして感知魔法を発動させると、周囲には魔物の反応が多数。
魔物の半分以上は攻撃的ではないようだが、他は当然のように襲いかかってくる。
グレンは、一匹の大きな人型の魔物──〝オーガ〟を、風魔法で蹴散らした。
そして、後ろから飛びかかってきた二つ首を持つ狼のような魔物──〝オルトロス〟を殴り落とす。
「とりあえず、コイツらは燃やしておきますね」
と、グレンが魔物の死体に火を付ける光景を、アリアはポカンと口を開けて見ていた。
「グレンくんって、あのレベルの魔物でも虫を落とすみたいに倒しちゃうよね」
「まあ、慣れですよ」
と、グレンは辺りを見回す。
しかし、他の魔物はあまりグレン達に興味が無い様子である。
「あれは死んでる魔物なのかな?」
「おそらく。あんなのを倒して金を稼げるなら冒険者達もいくらでも依頼請け負うはずですよ」
「見た目はわからないのにね。攻撃しても死なないの?」
「いや。傷口から一旦魔力が抜け出るので、おそらく動かなくなるでしょう。でも、また〝コレ〟が入り込むと動くんじゃないですかね」
グレンが指差す所に、まるで蝶のようにヒラヒラと〝青い光の玉〟が飛んでいた。
それが〝死生蝶〟なのだが、アリアは興味深そうに見つめていた。
「なんか綺麗だね」
「人魂かもしれませんよ?」
「ひぇっ! ち、ちょっとグレンくん!」
「あはは、冗談ですよ。とりあえず遺跡に入ってみましょう」
グレンが遺跡の中へ入って行くと、膨れっ面のアリアが急いで後に続く。
遺跡内部にも数体の魔物が生息していたが、どれも死生蝶が寄生していない普通の魔物だった。
グレンが始末して、アリアが魔法で焼いていく。
昔は遺跡内には殆ど魔物がいなかった事を考えると、やはり異常事態だという事をグレンは感じていた。
時折飛んでいる〝死生蝶〟は、基本的に生きてる者には何の害も無さそうだ。
その後グレンとアリアは共に遺跡を散策したが、特に何も見当たらない。
アリアが「こっちに下り階段があるよ」と叫ぶので、遺跡の地下へと降りていく事になった。
最初は人工的に作られた地下通路などがあったのだが、次第に壁が普通の岩壁に変わり。
気が付けば自然の洞窟になっていた。
洞窟の中は松明や魔法の光がなくても、仄かに明るい。
それは洞窟の奥に行く程〝死生蝶〟の数が増えている為だ。
「やはり、奥に何かあるのかもしれませんね」
「不気味なんだけど。あのね、手を繋いでもいい?」
「え? べ、別にかまわないですよ……」
そっと手を握ってくるアリアの横顔を〝今日は随分と距離感が近いな……〟と、思いながら、グレンは横目で見ていた。
淡い光に照らされ、少し照れたような表情を浮かべるアリアの顔にグレンはドキドキして頭の中が真っ白になった。
だが、それも束の間。
すぐに蒼白い光に照らされた広大な空間が見えた。
グレンが過去にこの遺跡を探索した時は無かったと思うのだが、そこには大きな池があった。
池の底から蒼白い光が水上に漏れ出ているが、おそらく大量の〝死生蝶〟が水中にいるのだと思われる。
その池から飛び出して周囲に飛んでいくからだ。
「ちょ、これ。こんなにいるの?」
「これは僕も予想外の展開ですね。でも、間違いなくこの水から凄いエネルギーを感じます」
「グレンくん。魔力とか感じれる人?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが。あまりに巨大な力は自分の中で〝何か〟を感じるんです」
アリアが不思議そうな顔をしたので、グレンは自分の中にある〝精霊〟という存在を通した感覚をどう説明しようか、と考えたが。
それよりも、この状況をどうするか……という事を考えるのが先だと思い。
グレンは懐から一冊の本を取り出す。
「ここに書いてある〝荒れ狂う精霊の灯火、聖なる光により浄化せん〟ってのが、僕はキーポイントだと思うんですよ」
と、アリアに本を見せると。
彼女はキョトンとした顔をしたので、グレンは更に続ける。
「死生蝶って、死に対して寄っているので。ひょっとしたら逆に〝生〟を送る事で浄化出来る気がしませんか? たとえば、ここに書いてる〝聖なる光〟って、光の回復魔法じゃないのかなって僕は思うんですよ」
「まあ、確かにね……」
「アリアさんの回復魔法って、まさに〝聖なる光〟じゃないですか。だから、アリアさんの魔法ならこの〝死生蝶〟を浄化させられるんじゃないですかね?」
熱弁するグレンを、アリアはじっと見つめて答えた。
「ひょっとして私を誘ったのって。魔法の為?」
「ああ、はい。僕も確信があったわけではないのですが……」
「なんだ、そういう事」
蒼白い光に照らされたアリアの表情が、何故か突然寂しげなものに変わった為、グレンは慌てて謝罪する。
「ご、ごめんなさい。アリアさんに頼り過ぎですよね」
「そんな事ないよ。わかった、回復魔法を使ってみるね」
そう言ってアリアは、池に向かって回復魔法の詠唱を開始する。
アリアの身体から放たれた光は、その水に吸収されるように流れ込んでいった。
周囲が色々な光で、昼間のように明るくなる。
しかしアリアの体から出る光は、まったく衰える事なく数分に渡り水の中に流れ込んでいた。
「アリアさん。もう、いいんじゃないかな? それ以上魔力を放出すると身体が持たないですよ?」
しかしアリアは何も答えない。
それどころか、アリアの体から放たれる光は強くなっていく。
さすがにマズイだろう、とグレンはアリアの体を揺すってみたが、反応がない。
「アリアさん!」
グレンが大きな声で呼びかけると、アリアはようやく静かに目を開けた。
その虚ろな瞳がグレンに向けられる。
アリアの体から流出する魔力は、今度は彼女自身を包み込み。そして次の瞬間アリアがグレンを押し倒して、その両肩を抑えつけた。
グレンは起き上がろうとしたが、身体に大岩でも乗っているかのようにピクリとも動かなかった。
──ヤバいな、こいつ〝人〟じゃねぇぞ──
グレンの中の精霊が、得体の知れぬ危険を知らせてきた。




