死生蝶
アダマンサイホンの〝動く死体〟を確認したグレンとアリアは、その後ルウラへと戻った。
すると冒険者ギルドで待っていたフィルネが、グレンに近付き耳打ちをする。
「ちょっと困ったんだけど。今日一日で、魔物討伐の依頼だけで二十件も入ってるの。正直、ギルドだけでの対応は限界よ」
「いや、まあ。確かに魔物が多いような気はしてたんだけど」
正直、グレンは少し前から気になっていた。
魔物はそんなに頻繁に出るものではない。アダマンサイホンのように、意外と臆病な魔物も多いからだ。
だがここ最近、グレンが住んでいる森の屋敷近くでも頻繁に色々な魔物を見るようになっていた。
それに掲示板を見てても、以前にも増して簡単な依頼が目立っている。
たとえば採取系の依頼で、隣街で買えるような物を頼んでくる者が増えていたりだ。
些細な移動すら嫌う〝怠け者〟が多くなったのかと思っていたが。
今思えば以前なら一人で行けた所も、魔物のせいで移動しづらいのかもしれない、とグレンは考えていた。
これが続くと、必然的に冒険者不足で討伐依頼の価格帯も上がっていくだろう。
それに細かい依頼が増えすぎると、重大な依頼が埋もれてわかりづらくもなる。
最近、グレンは掲示板を眺めていているだけで疲れるのだが、その原因がまさにソレだった。
水巫女の拉致事件により、通常の依頼より王国案件に冒険者を取られていた流れは終わったと思っていたが。
今度は、通常の依頼件数が異常に増えて冒険者不足になりつつある。
その日からグレンは、仕事を終えた後に魔物の討伐依頼を裏で数件やる事にした。
討伐系は、いちいち依頼主への報告の必要が無いからだが。
その数日後。
グレンの考えは甘かった事を知る。
討伐対象を次々と始末するのは簡単だった。
ところかグレンが裏で討伐した多くの魔物が、実際には〝討伐されていない〟という事が起きた。
というのも。
本来、魔物はそんなに大量に湧くものではないので、問題の場所で問題になっている魔物を倒せば大体の依頼は解決するはずだった。
しかし、グレンが裏で解決した魔物の討伐依頼が〝再度〟出されるケースが多い。
分かりやすく言えばグレンは倒したつもりでも、また同じ魔物による被害が同じ場所で発生しているのだ。
さらに数日が経つと、ギルドに苦情が増えだした。
〝討伐完了したと報告されたのに、実際には討伐されていない〟という苦情である。
グレンが裏で倒した魔物だけではなく、冒険者が請け負って解決したはずの討伐依頼も。
やはり〝再発〟しているという事だろう。
「もういい加減にしてよ。今日一日で何件クレーム来てると思うのよ!」
荒れるフィルネの気持ちもわかるが、それを手伝っているグレンも大量の依頼処理にヘトヘトだった。
増え続ける討伐依頼。押し寄せる完了報告。されど減らないクレーム。
「本当に討伐したのか!?」
「完了したと報告されたが、まだ魔物はいるぞ! この前払った報酬を返してくれ!」
依頼主からの信用は地に落ちて、冒険者にギルド報酬を払うも依頼主からの支払いは滞る始末。
現在、ルウラの冒険者ギルドは完全に崩壊寸前だった。
もちろん、グレンも黙っていられない。
ソティラスとして逸早く原因究明に取りかかり、その結果わかったのは。一人の冒険者の証言だった。
その冒険者は北の港町シースへ向かう為に、イルマール大森林を抜けていたという。
その途中で息絶えていた一匹の魔物が、生き返る瞬間を目撃したと言うのだ。
グレンが真っ先に思い出したのは、アリアと見たアダマンサイホンの〝動く死体〟である。
つまり、アダマンサイホンに限った話ではなく。
討伐した魔物が、復活している可能性が考えられた。
そこで、グレンは試しに倒した魔物を焼いて完全に消滅させる事にした。
すると、その魔物が復活する事はなかった。
しかし他の冒険者はいちいち魔物の死体を焼いたりしない為。討伐依頼のフィーバー状態である。
無限に湧く〝討伐依頼〟を稼ぎ時とばかりに依頼をこなしていくのが当たり前になりつつあった。
その結果。
ギルドとしては冒険者にギルド報酬を払うが、依頼主からすれば解決していない為。ギルド側に達成報酬を払わない、という悪循環は終わらない。
「これは絶対におかしいよね。何が起きてるのかを調べないと……このままじゃ、グレンくんがずっと後始末しなきゃいけなくなるよ!」
とアリアは言う。
だが当然グレンは連日、依頼書や探知魔法などで魔物の発生地点などを調べているし、古文書を読み漁り情報を得ている。
その結果、気になっているのが、最近魔物が特に多いイルマール大森林だった。
「それは僕も困ります。どうもイルマールの遺跡辺りが怪しいんですよね。あの辺りで、一部の冒険者が頻繁に〝光る蝶〟を見ていますし」
「……光る蝶?」
「ああ、はい。古文書の一説にも、死者の魂を動かす光の話がありまして」
「え!? ちょっとやめてよ、幽霊とかそういうの苦手なんだから」
アリアは不安そうな顔で一歩身を引いた。
だが、別にグレンは幽霊とかの話をしてるわけではなく。
その光る蝶が〝死生蝶〟だった場合、遺跡に発生原がある可能性があるという話をアリアにした。
死生蝶──それは、特殊な条件で発生する、魔力で出来た〝寄生虫〟みたいなものである。
死生蝶は死体に入り込み、命を失った生き物の神経に流れ込み肉体を動かすというのだ。
アダマンサイホンが動いていたのも、それが原因の可能性が高かった。
死生蝶は〝魔力〟が形を成したもので、死んだ生き物の体内で溶けて魔力による動力源となる。
故に、無効化魔法で体内の魔力を消すと、当然動かなくなるのだ。
グレンも最初、ネクロマンサーの生き残りでもいるかと思って調べていたが。
今となっては〝死生蝶〟の方が、遥かに現実的で可能性としては高い事に気付いた。
問題は〝何が〟発生原となっているかである。
それを生み出す巨大な〝魔力の源〟が何処かに存在するはずなのだ。
「とりあえず、仕事の後でイルマール大森林にいきます。アリアさんにも出来れば来てほしいんですが……」
「え? わ、私に? 幽霊じゃないんだったら私も行くよ。だって、ほら。私は……パートナーだし」
アリアの、はにかんだ笑顔に妙に照れてしまったが、それを誤魔化すようにグレンは答えた。
「あ、ありがとうございます。アリアさんがいると心強いです。では後程会いましょう、遺跡までは転移出来ますから」
死生蝶は夜の方が見易い。
現在、夜の大森林がどれ程の危険に満ちているかはわからない。
しかし……
──荒れ狂う精霊の灯火、聖なる光により浄化せん──
古文書の中で〝死生蝶〟は、別名〝精霊の灯火〟と呼ばれていた。
本当に〝なんとなく〟ではあるのだが、グレンはアリアの光魔法に解決の可能性を賭けていたのだ。




