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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第二章

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意思の無い魔物

レビルの工房で提示されたツノの切断面は、細胞の壊死も見られず確かに新しい。だが、グレンの高度な魔力探知センサーは、その物質から拭い去れない奇妙な『違和感』を強烈に検知していた。

 決して巧妙に作られた贋作ではない。物理的な組成は間違いなく本物のアダマンサイホンだが〝魔力が無い〟という状況。

 思考の迷宮を彷徨いながらギルドのフロアへ帰還すると、受付カウンターの奥でフィルネとアリアが何やら話している。


 最近やたらと気が合うのか、この二人が連れ立っている光景を頻繁に見るような気がするが。グレンが静かに二人の背後へ接近すると、何やら興奮気味に金銭の単位が飛び交っていた。


「だから、ギルドの規定買取価格ギリギリの、金貨二百枚でどう!?」と、フィルネがバンッとカウンターを叩いて叫ぶ。

 対してアリアが「いやいや! このサイズなら最低でも四百枚は下らないでしょ! 足元見すぎでしょ!」と、引かずに抗戦している。

 何やら生々しい金額の査定をしているようだが、その二人の間にドンッと鎮座している〝モノ〟を視認し、グレンは驚愕した。


「それ、アダマンサイホンのツノじゃないですか!」

「あ、グレンくん、こんにちは! そうなのよ、今日の朝の散歩でたまたまね。それで買い取って貰おうと持ち込んだんだけど、フィルネちゃんったら足元を見て安く買い叩こうとするのよ!」

「……そ、そうなんですか。ちなみに、その値段なら僕も個人的に売ってほしいくらいですね」

「え!? グレンくんも欲しいの? うーん、グレンくんが言うなら……タダであげてもいいけど?」

「ちょっとアリア様!? 私にはたった今、金貨四百枚とか言いましたよね!」


 何やら白熱している二人を横目に、グレンの思考はふと一つの疑問を弾き出した。

 そもそも、朝の散歩中のアリアが、こんな特級レア素材のツノを『丸ごと』所持しているのか……という事である。

 改めてそのツノの断面を見ると、刃物で切り落としたというよりは、物理的な衝撃で『ポッキリと折れた』ような不自然な断面をしている。魔力は…感じられない。


「アリアさん。そのツノ、まさか拾ったんですか?」

「拾ったっていうか、違うよ。森で偶然アダマンサイホンを見付けて、魔法で倒した後にツノがポロッと折れて落ちたから拾ってきたの」


 その無邪気な回答に、グレンは矛盾を感じていた。アダマンサイホンは極めて高い物理装甲を持つが、魔法抵抗力は低いので、アリアならソロで討伐する事も可能だろう。

 しかし、そのツノの硬度はダイヤモンドに匹敵する。熟練の剣士の斬撃や専用の切断道具を用いずして、倒しただけの衝撃でそんな都合よく『根元から折れたりする』事など絶対にあり得ない。


「ちなみに、何処で倒したんですか?」

「レイクレイルの森の近くだよ」


 レイクレイルの森は、王都ルウラから徒歩で半日程の距離にある広大な樹海で、極稀にアダマンサイホンの目撃情報が上がるポイントである。

 逆に言えば、そこ以外の環境帯では生息が確認されていないので、生息地のデータは確かに合致しているのだが……アリアは更にトンデモない追加情報を口にした。


「あそこ、三体くらい群れでいたかな。私は、そのうちの一体だけを狙って倒したんだけどね」


 それはもはや〝レア素材〟という概念の定義を根底から覆してしまう発言だった。

 縄張り意識が強く単独行動を好むアダマンサイホンが、三体も同時に群れで発見される事など普通あり得ない。

 実は最近、異常繁殖でもしてそれほどレアな魔物ではなくなったのか? などと推測してみたが、そんな情報はギルドにも、冒険者の噂でも聞かない。


気になったグレンは急遽、アリアが視認した複数のアダマンサイホン(あるいはそれに酷似した何か)の生体確認を行う事にした。

 もし本当にツノが簡単に落ちていて、しかも群生しているのなら、ギルドとしても買い取り相場を改定しなければならない。

 

 こうしてグレンは、アリアの案内でレイクレイルの森の深部まで足を運ぶ道中、グレンはアリアに、先程工房であったレビルとツノを巡る経緯を説明したのだが。

 彼女は「ふーん」といった生返事で、別に興味を惹かれるトピックでもなかったようだ。


 それどころか、彼女は森に入ってから終始どこか上の空といった感じで、見かねたグレンが「……どうかしましたか?」と問いかけた所。

 アリアは、少し頬を染めながら申し訳無さそうな小声で答えた。


「うん……。別に大した事じゃないんだけど。ねえグレンくん、前の話……覚えてる?」

「前の話、とは……?」

「ほら。リュシカちゃんの誘拐事件でバタバタしててスッカリ忘れちゃってたけど……私の宿の部屋で、二人きりで大事な話をしたい……って約束してたでしょ?」


 グレンは自身の脳内をフル回転させて過去の記憶をサルベージした。

 確かに、そんな約束を交わしたが。その後、誘拐事件やら海戦やら特級の盗賊やらと立て続けに特大の事件が連続しすぎて、今となっては『彼女の部屋で一体何を話すつもりだったのか』、肝心な要件を忘却してしまっていた。


「……あはは。すみません、色々と上書きされすぎて、何の話だったのか完全に忘れてしまいましたね」


 グレンが全く悪びれずにアハハと乾いた笑いと共に事実を回答すると、アリアは何故か急激に温度を下げるように不機嫌そうに黙り込んでしまい。それ以降、何故か気まずい空気になってしまった。

 それからしばらくの無言の行軍の末、ようやく目的の座標へと到達したのだが。

 そこには確かに、アリアの証言通り、二体のアダマンサイホンと思われる重装甲の獣の姿を確認する事が出来た。


「ほらね。いたでしょ?」


 これはギルドとしても、アダマンサイホンの〝特級レア認定〟を正式に撤回し、市場価格を暴落させるべきか真剣に検討しなければならない異常事態である。

 本来、アダマンサイホンは人間の魔力を極度に警戒し、人の前に殆ど姿を現さない極めて臆病な生態の生き物のはずだが。

 目の前を徘徊する二匹は、まるで至近距離にいるグレン達の存在がセンサーに全く引っかかっていないかのように、ウロウロと徘徊しているのだ。

 

 グレンは仮説を検証するため、一応護身用として携行していたギルド支給の標準剣を抜き、アダマンサイホンの一体へ向けて無造作に斬りかかった。

 ガキィッ! と硬質な音が鳴り、その外殻は鋼鉄のように硬く、並の剣撃では全く刃が通らなかった。

 それは通常通りなのだが、真の問題は直接的な攻撃を受けても、魔物が反撃の抵抗も、逃走もしない事だ。

 つまり、外敵に対する防衛本能の『完全なる欠如』である。

 元々肉食ではなく好戦的な性格ではないとはいえ、生物としての最低限の生存本能すら見せない異常な反応に、アリアがポツリと呟いた。


「なんだか、まるで『意思』が無いみたいね……」


 アリアの何気ない一言を聞いて、グレンの脳内の違和感が一気に腑に落ちた。

 そこにいるアダマンサイホンからは、生物が発するべき生命活動のエネルギー。つまり──〝生気〟が全く感じられないのだ。

 

 そこでグレンは、対象のアダマンサイホンに対して〝完全なる無効化オールインヴァリッド〟という、あらゆる状態異常や魔法的干渉を強制リセットする上位魔法を行使した。

 それは、対象の身体にかけられているバフもデバフも、外部からの全ての状態変化効果を〝ゼロ〟にする魔法だ。


 すると、次の一歩を踏み出そうとしていたアダマンサイホンは、まるで動力を完全に絶たれた機械のように、その場でピタリと一切の挙動を停止し、ただの巨大な肉塊となって沈黙してしまった。

 グレンの頭の中を駆け巡っていた数々の疑問が、一つの論理的帰結によって氷解していく。


「……なるほど。このアダマンサイホンは、既に絶命していますね。それも、今日や昨日ではなく、かなり前に……」


 そう。それは元々『生きてなどいなかった』のだ。

 おそらく、先程工房でレビルに渡された欠陥品のツノも、これと全く同じ〝ゾンビ〟のようなアダマンサイホンから切り取られた残骸に違いない、とグレンは結論づけた。

 レビルの工房でツノの切断面に感じた、あの拭いきれない奇妙な違和感。

 それはつまり、切断面自体は新しく感じたにも関わらず、生物としての根源的な『生命力』が完全に枯渇していた事なのだ。


 魔力を持った生物の器官であれば、切り離されて間もなければ〝生命のエネルギー〟のように魔力が残留しているはずだが。あのツノからはそれが一切感じられなかった。

それは、先程アリアが「ラッキー」と言って拾ってきたツノも全く同じ。

 既にとうの昔に死んでいた死骸のパーツなのだから、内部に『魔力』が残っている筈がなくて当然である。


 もはやあれは、魔法の素材などではなく、防腐処理を施された〝剥製〟と言ってよい。

 つまり、今回の魔道具屋の返金トラブル事件は誰も嘘を吐いていない。冒険者の「狩ったばかりの魔物から取った」という証言も正しく、レビルの「魔力が枯渇した不良品だったから壊れた」という考えも、どちらも事実。

 アリアが倒した拍子にツノがポッキリと折れてしまったアダマンサイホンも、ツノの強度が脆く劣化する程、ずっと前から生命活動を停止していたに違いない。


 それにしても。わざわざ死んだ魔物の死骸を徘徊させる理由が全く理解できなかった。

 グレンの『無効化』によって死体に戻った以上、誰かが意図的に干渉している事は間違いない。

 死体を動かす(使役する)魔法は、失われた〝古代魔法〟にしか存在しない禁忌魔術だ。

 これがもし〝死霊術師ネクロマンサー〟と呼ばれる者達が行使したとされる、呪われた魔法なら。

 ソティラスとして、決して見逃す事は出来ない案件である。


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