意思の無い魔物
レビルに見せてもらったツノの断面は新しく見えた。
ただ、グレンには何かしら違和感も感じたのだ。
決して偽物ではないのだが、何かが違う気がして。しかし、それが何なのかはわからなかった。
グレンが考えながらギルドに戻ると、フィルネとアリアが何やら話をしている。
最近仲が良いのか、二人でいる所を頻繁に見るような気がするが。
グレンが二人に近付くと、何やら興奮気味に言い合いをしているようだ。
「じゃあ、金二百で!」とフィルネは叫ぶ。
するとアリアが「いやいや、最低でも四百でしょ!」
と、何やら金額の話をしているのだが、その二人の間に置いてある〝モノ〟を見てグレンは驚いた。
「それ、アダマンサイホンのツノじゃないですか!」
「グレンくん、こんにちは。そうなのよ、今日たまたま見付けてね。それで素材を買い取って貰おうと思ったんだけど、フィルネちゃんったら安く叩くのよ!」
「そ、そうなんですか。僕も売ってほしいですね」
「え!? グレンくんも? うーん、グレンくんなら……あげてもいいけど」
「アリア様。私には四百とか言ってましたよね!」
何やら白熱している二人を見ながら、グレンがふと思ったのは。
何故、アリアがツノを持っているのか……という事である。
ふと、そのツノの断面を見ると、切り落としたというよりは折れたような感じだ。
「アリアさん。そのツノ拾ったんですか?」
「違うよ。アダマンサイホンを見付けて、魔法で倒した後にツノが折れて落ちてたから、ラッキーって……」
その答えにグレンは疑問を感じた。
物理防御の高いアダマンサイホンだが、魔法には弱いのでアリアなら倒すのは可能だろう。
しかしツノは、切り落とすのですら大変で簡単に折れたりしないのだ。
「ちなみに何処で倒したんですか?」
「レイクレイルの森の近くだよ」
レイクレイルの森は、ルウラから半日程歩いた所にある森で。稀にアダマンサイホンが出る所である。
逆にそこ以外ではあまり見付かっていないので、生息地は確かにあっているのだが……アリアは更に続けた。
「三体くらいいたかな。私は、そのうちの一体だけ倒したんだけどね」
〝レア素材〟とは何なのか……と、考えてしまう発言であった。
アダマンサイホンが三体も同時に見つかる事は普通あり得ない。
実は最近、それほどレアでもないのか? などと思ったが、そんな話はグレンも聞いた事がなかった。
「それ本当にアダマンサイホンですか?」
と、グレンが疑いをかけた事により。急遽、アリアが見たという複数のアダマンサイホンを確認しに行く事になった。
もし簡単にツノが取れるなら、ギルドとしても素材の買い取り金額等を改めなければならないので。
これはギルドにとって極めて重要な調査である。
こうしてグレンは、アリアと共にレイクレイルの森まで向かう事になった。
その道中でグレンはアリアに、これまでのレビルとのツノの経緯を話したのだが。
彼女は「ふーん」といった感じの対応で、聞いてはいるが別に興味のある話でもなかったようだ。
それどころか終始どこか上の空といった感じでソワソワしていた為、グレンが「どうかしましたか?」と聞いた所。
アリアは申し訳無さそうな小声で言う。
「うん。別に大した事じゃないけど。グレンくん、前の話覚えてる?」
「前って、いつですか?」
「ほら。リュシカちゃんの誘拐事件でスッカリ忘れてたけど、私の部屋で二人で話したい……って言ってたでしょ?」
グレンは自分の記憶を探った。
そう言えばそんな話をした気はするが、色々有りすぎて今となっては何を話すつもりだったのかを思い出せなかった。
「何だったのか忘れてしまいましたね」
グレンがアハハと笑いながら答えると、アリアは何故か不機嫌そうに黙ってしまった。
それ以降、アリアとは何故か気まずい空気になってしまったが。
それからしばらくして目的の場所についたのだった。
そこでは確かに、二体のアダマンサイホンの姿を見る事が出来た。
「どういう事だ?」
「ね。本当だったでしょ」
これはギルドとしても、アダマンサイホンの〝レア認定〟を撤回するべきかを考えなければならない事態である。
本来、アダマンサイホンは人の前に殆ど姿を現さない臆病な生き物のはずだが。
目の前の二匹は、まるでグレン達が見えていないかのようにウロウロしているのだ。
グレンは一応持ってきた剣を抜き、アダマンサイホンの一体に斬りかかる。
その身体は硬く、簡単には剣が通らなかった。
それは通常通りなのだが、問題は攻撃されても抵抗も逃げもしない事だった。
つまり、完全無視である。
元々攻撃的な性格ではないので普通の反応ではあるのだが、アリアが呟いた。
「まるで意思が無いみたいね……」
そのアリアの言葉を聞いてグレンは気付いたのだ。
そこにいるアダマンサイホンからは〝生気〟を感じない。
そこでグレンはそのアダマンサイホンに〝オールインヴァリッド〟という、全ての状態異常を無効にする魔法を使ってみた。
それは、身体にかけられているプラスもマイナスも、全ての状態変化効果が〝ゼロ〟の状態に戻るという魔法だ。
すると、アダマンサイホンはその場で動かなくなってしまったのだ。
そして、グレンの頭の中では様々な疑問が解決していった。
「このアダマンサイホンは既に死んでますね。それもかなり前に……」
そう。それは元々生きていなかったのだ。
おそらくレビルに渡されたツノは、これと似たような〝ゾンビ〟のようなアダマンサイホンから切り取られたに違いない、とグレンは考察する。
レビルのツノに感じた違和感。
それはつまり、新しいわりに全く生命力を感じなかった事なのだとグレンは気付いた。
魔力が残っていれば、何となく生きていた時の〝エネルギー〟のようなモノが感じられるが。
あのツノからはそれを感じなかった。それはアリアが持っていたツノも同じだ。
既に死んでいたのでは、ツノに魔力が残っている筈がなくて当然だ。
もはや切断面が新しいだけの〝造形物〟だったのだろう。
つまり、今回の事件は誰が悪いわけでもなく。
冒険者の証言は正しく、レビルの考えも正しかったのであろう。
ツノが折れてしまったアダマンサイホンも、ツノが劣化する程前から死んでいたに違いない。
それにしても、死んだ魔物を動かす意味がグレンにはわからなかった。
魔法を無効化して解けた以上、誰かが意図的にやっているはずなのだが。
死体を動かす魔法は〝古代魔法〟にしかない。
〝ネクロマンサー〟と呼ばれる者達が存在した時代の魔法である。
グレンは、この事件が想像以上に厄介な事に絡んでいそうな気がしており。
一度、詳しく調べる必要性を感じていた。
 




