カニバリズムの会食
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世界最大の巨大犯罪組織とも恐れられる海賊〝カニバリズム〟の絶対的リーダー 、──『ファフニル・ローガン』は、仄暗い隠れ家の一室で信頼する仲間たちと豪奢な円卓を囲い、目の前に並べられた豪華料理を優雅に楽しんでいた。
組織を束ねる最高幹部達は各々が複数の仮面を持ち忙しく、全員が一堂に会する事は滅多にないが。何人かでも揃った時は純粋に楽しい時間が流れる。
今回も日程の都合で三人だけの会食とはなったが、それでもファフニルは、この裏社会の頂点に立つ者たちとの集まりが何よりの楽しみだった。
極上のシャンパンを一口含み、そのクリスタルグラスを音もなくテーブルに置くと。ファフニルは対面に座っている、シルクハットを被った身なりの良い貴族風の男にたずねる。
「……それで、ジェラルド。最終的にあの『水巫女』の身柄はどうなった?」
「あー、数日ほどルベリオン王国の騎士団に保護されてたみたいですけど、直ぐに聖王国から『女王直属の親衛隊』が来たとかで。現在は無事に母国へ戻ったらしいですよぉ」
今まさに最高級のレア肉を食らおうとしていた所を中断され、ナイフとフォークを持ったまま気怠げに答えたその男──ジェラルド。
年齢は二十歳で、童顔ゆえに見た目は子供のように見えるが、この巨大組織カニバリズムの【No.2】に君臨する狂気の懐刀だ。
「そうか。なら、我々の目的としては結果オーライかな。エルギルトは国家反逆罪で斬首刑だって話だし、聖王国の親衛隊も流石に今回の件で水巫女に対する強固な危機感を持っただろうね」
ジェラルドは「だと思いますよぉ、モグモグ……」などと、完全に上の空で適当な相槌を打ちつつ、自らの食欲を満たすために必死で目の前の肉にナイフを突き立てている。
その会話を聞いて、ファフニルの右手側で規格外のサイズのジョッキからグイグイとビールを喉に流し込んでいた小柄な女性も、話の輪に加わる。
彼女──灰色のショートヘアーの頭頂部から、ピョコンと白い猫耳が生えているケットシー族『チャミィ』の年齢を聞いた事はないが。
見た目は人間なら十代の少女といった感じで、その情報収集能力と狡猾さで、カニバリズムの【No.4】という枢要なポジションに位置している。
「あのシャトルファングの脱獄犯・ビリディが、水巫女という『商品』に微塵も興味にゃくて本当に良かったにゃ。そのくせ、裏社会の人間にしては意外と人情深い一面もあって、そこは好感すら持てたにゃ」
と、チャミィは任務完了の祝杯とばかりに巨大なジョッキのビールを一息で飲み干し。
「プファッ!」っと、オッサンが漏れ出すようなだらしない声をあげて、空になったジョッキをゴトンとテーブルに置いた。
チャミィの前に既に城壁のように並べられた『空のジョッキの山』をニコニコと見つめながら、ファフニルは「本当、彼の行動原理は僕にも少し意外だったよ」と穏やかな笑顔で返した。
チャミィの分析通り。ファフニルが今回のイレギュラーで最も警戒し、注視していた男──ビリディ。
しかし、蓋を開けてみれば〝意外とまともな人間性〟を保持していた事が判明したのは、同じく裏社会で〝義賊〟としてのルールを敷くカニバリズムにとっては、最大の朗報だった。
彼が野心を持たないおかげで、シャトルファングとの不要な抗争を避けることができたというものだ。
「どのみち、水巫女がルベリオンに渡ってたら、それこそ世界地図が塗り替わるほど大変だったにゃ」
「本当だね。それを阻止出来たのは、全てチャミィの機転のおかげだよ」
ファフニルは裏社会の覇者カニバリズムの絶対的リーダーでありながら、同時に表社会では中央大陸の軍事国家マールーン公国の『宰相』であり、君主アールズ公爵の『親友』という顔を持っている。
アールズ公爵は強大な軍事力と裏社会のネットワークを制する為に、カニバリズムという組織を自らの手駒として利用しているつもりだが。実は最初から、ファフニルがアールズという危険な独裁者を最も近い位置で〝利用〟しているにすぎない。
そのお陰で、聖王国の王配エルギルトが、実の娘である『水巫女』を消そうとしている……などという特大の『暗殺計画』も、アールズ本人から直接聞く事が出来たのだ。
水巫女などという〝破滅のトリガー〟が万が一他国に渡れば、ろくな使い方もされず世界を火の海にするのは明らか。
その前に、マールーン公国で水巫女を引き受けるよう打診したのがファフニル。更に、その運搬を〝海賊カニバリズム〟に一任させるよう提案したのもファフニルだ。
いざという時に全ての責任を海賊(トカゲの尻尾)に押し付け、自分の立場は守れると考えたアールズは見事に、その話に乗ってきた。
「しっかし、バルドロフには本気で呆れましたよぉ。まさか、たった一人の脱獄犯に船ごと奪われるなんて、想定外のポンコツでしたねぇ」
と、ジェラルドは肉を頬張りながらケタケタと嘲笑う。
バルドロフは一応、カニバリズムの末端組織に籍を置く海賊。ファフニルよりも、金払いの良いアールズにヘコヘコと尻尾を振るような忠誠心皆無の〝太鼓持ち〟でもある。
正直、以前から組織のセキュリティ上、始末を考えていた所だったが。まさかビリディというイレギュラーに遭遇し、水巫女ごと船を奪われてしまうなどと、最後の最後まで〝使えない男〟だった。
「ほんとにゃ。あの無能のせいで公国の海軍まで動かす事になり。なんなら、水巫女に沈められてしまったのにゃ」
「……でもさ、チャミィったら。バルドロフの船にあった『エルギルトからの報酬』は、シッカリと自分の懐に着服しちゃってるんだよね?」
ファフニルが、全てを見透かしたような冷徹な笑顔で痛烈なツッコミを入れる。
「にゃっ!? ば、バレてたにゃ!?」
「ふふっ。まあ、いいよ。結局、その後のチャミィの緻密な誘導によって、首謀者のエルギルトは見事に自滅した。アレはキミの有能な働きに対する正当な取り分で異論はないさ」
「えっへん! と、当然だにゃ! ……」
と、チャミィはホッと胸を撫で下ろし、次のジョッキのビールを喉に流し込む。
チャミィのするべき行動としては、海上でビリディと水巫女を船から救出した直後、隙を見て水巫女だけを強奪するべきだった。
しかし、あの歴戦の盗賊であるビリディから奪うのは、非戦闘員であるチャミィには物理的に不可能だ。
「……ねえ。チャミィの口からよく出てくる、ルウラの『にぃ様』って人は、本当にあの規格外の男を真正面から武力で制圧出来る程のスペックを持ってるんですかぁ?」
と、高級な肉を綺麗に食い終え、口元を拭ったジェラルドが興味深そうにチャミィに尋ねる。
チャミィは、まるで自らの所有物を自慢するかのように、胸を反らせてジェラルドに誇らしげに答えた。
「当然にゃ! 何せ、『ソティラス』最高戦力だからにゃ。にぃ様が辺境のルウラに駐在していにゃかったら、今回の水巫女奪取は不可能だったにゃ!」
結果だけを見れば、水巫女を他国に利用されたくない『カニバリズム』にとって、ある意味で都合の良いイレギュラーだったが。ファフニルは、少々〝グレン〟という人間を警戒対象としていた。
何故なら。チャミィから事前に偽装取引の作戦を聞いていたファフニルは、〝空間転写魔法──スペクトルヴィジョン〟により、あの取引現場での〝召喚獣との戦闘〟の顛末をモニタリングしていたからだ。
スペクトルヴィジョンは、指定した座標に不可視の『魔力の鏡』を設置する高度な魔法で、その鏡に写る映像は、手元の別の鏡にリアルタイムで写し出される。簡単に言えば、遥か離れた場所の戦況を、一切のリスクを負わずにモニタリング出来る監視魔法だ。
その時モニター越しに観測した光景は、ファフニルにはまさに『理解不能な脅威』だった。
一騎当千の上位召喚魔獣ペリュトンの群れを、あの青年は、まるでゴミでも払うかのように一瞬で消し去ってしまった。
水巫女は世界の脅威となる『兵器』だと呼ばれているが、あの理不尽な火力の魔法を行使する者もまた、兵器と同等かそれ以上に世界を揺るがす『特級の脅威』となる存在なのではないか? と、ファフニルは分析している。
「……チャミィは、彼とは個人的にかなり親しい関係なのかい?」
「にぃ様とは、なんだかんだ腐れ縁で、もう六年以上の付き合いににゃるかにゃ? ソティラスは我輩にとって、一番の太客だからにゃ」
「そっか。……じゃあ、これからも彼とは極力、良好な協力関係を保っててくれよ。我々カニバリズムの平穏な未来の為にも……」
「んにゃ? もしかして、にぃ様をカニバリズムの戦力にでも引き込むつもりかにゃ?」
「アハハ。それも一つの選択肢かもしれない」
ファフニルにとっても、あれほど理不尽な力を手駒として引き込めるなら、それに越したことはない戦力増強である。
しかし、それが不可能であり、いずれ自分たちを脅かす敵に回るのであれば……取り返しのつかない事態に発展する前に『物理的に摘み取る』必要もあるだろう。
ファフニルの深い瞳は、冷静に現状を見定めていた────。




