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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第二章

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情報屋との心理戦

◇◇◇◇◇


 グレンは森の屋敷のリビングに、ビリディ、アリア、そして水巫女リュシカの三人を残し、思考を整理するため一旦外の空気を吸いに出ていた。

 聖王国の絶対的権力者である王配、エルギルト殿下。つまり、他でもないリュシカの実の父親こそが、今回の世界を揺るがす誘拐事件の黒幕であると、ビリディの口から重々しく伝えられたのは今から三十分程前の事だった。


 その信じ難い内容は、リュシカが木箱に詰められて海賊船で運ばれる道中。船長のバルドロフが「お前も、実の父親に見捨てられて売られるとは可哀想なガキだな」と、嘲笑交じりに直接告げられていたのだ。

 あまりに衝撃的な事実であり、さすがのグレンでも、すぐには呑み込めない話だった。


 しかし、確かにそれなら幾つかの不可解な事も辻褄が合う。

乗ってるのが『リュシカ』だと明確に理解していながら、マールーン公国の軍艦が容赦なく一斉射撃を行ってきた、というビリディの証言。

実際にグレン達も双眼鏡越しに目撃している事実なので嘘ではないが。これも、マールーン公爵とエルギルト王配が実の兄弟であるという点を考慮すれば、公国と王配が裏で何かしら結託している可能性は無くもない。


 「リュシカの周囲は完全に敵だらけで、安易に公的機関(他国)にリュシカを委ねる事は出来ない」

と言いたいビリディの気持ちも、十分に理解出来た。

 もし今、ルベリオンの海軍にリュシカを託したとしても。それが、黒幕であるエルギルトに引き渡された場合。今度こそ彼女の命は保証出来ないだろう。


 だが現在、屋敷に残した三人の思考ベクトルは、それぞれ全く異なる方向を向いている。

 まず、当のリュシカ本人は過酷な事実を突きつけられながらも、まだ心の底では〝優しい父親を信じたい〟という希望的観測を捨てきれていない。

 対してビリディは、裏社会の経験則から「絶対に父親を信じるな!」と、強硬に彼女の帰国を止めている。


 そしてアリアは────

 「その海賊船長が吐いた言葉は、リュシカちゃんに聖王国に帰る希望を失わせて素直にさせる為の『嘘』だったかもしれないよね……」

…と。持ち前の優しさで、少しリュシカの感情に寄り添った甘い推論を立てていた。


 そんな甘い仮説の上に立ってアリアが提案した作戦は、「アリア自身がビリディとリュシカに護衛として同行し、直接聖王国の女王──リュシカの母親の元へ送り届ける」という、プランだったわけだが。

 その提案に関して、グレンは「少しだけ、考える時間をください」と一旦話を中断し、三人を残して森へ出た。


 グレンが最も懸念しているのは、アリアが付き添うにしろ、他の隠密ルートを使うにしろ。どのみちリュシカが聖王国に帰還したとして、もし王配エルギルトが本当に黒幕だった場合、リュシカの危険は〝永遠〟に彼女の身近に残り続けるという事だ。

 今回は〝たまたま〟脱獄したビリディが、海上でリュシカを乗せた海賊船を乗っ取る、という天文学的確率のイレギュラーが発生したため、彼女は一命を取り留めたが。

おそらく、二度目はないだろう。


 一度誘拐に失敗したからには、次はもっと狡猾で確実な手段を構築して実行してくるはずだ。

 つまり、王配である父親の真の目的を完全に暴き、その権力を物理的・政治的に無力化しない事には、この問題の根本的な解決には至らない。

 何とかして、王配自身の口からそのドス黒い本音を引きずり出し、証拠を掴む方法を考える必要があった。


 そして、今まさにグレンが一人で外に出たのは、その作戦を練る前に確認しておく事があったからにすぎない。

 屋敷で議論している最中から、グレンは結界の外周に潜む〝ある特定のシグナル〟を感知し続けていた。

 外に出たグレンは気配を殺して茂みの方に音もなく接近すると、おもむろに手を突っ込んで、その中に隠れていたフワフワの〝もの〟をガシッと掴み上げた。


「ふにゃあっ!?」と、情けない悲鳴を上げて茂みの中から飛び上がったのは。白い猫耳をピクピクと震わせる情報屋の少女、チャミィである。


「……こんな所で、一体何をしてるんですか」

「に、にぃ様! レディの尻尾を掴むなんて、乱暴は良くないにゃ!」

「僕たちの話に、コソコソと聞き耳立ててるスパイがどの口で言うのやら。でも、これで少し確信に近づいたよ。チャミィには聞きたい事がある」


 グレンがチャミィの尻尾を掴んで逃げ道を塞いだまま冷徹な瞳を向けると、彼女は明らかな動揺を見せて困ったような顔を作った。


 そもそも問題。グレンは酒場でチャミィと会話した時から、その情報の〝精度と速度〟に若干の違和感を感じていたのだ。

 チャミィは、『ビリディが海賊船を乗っ取った』という事実をどうやって知ったのか。

 そして、軍艦に追われていたはずのビリディと水巫女が、どういう手段でこの西方大陸に辿り着き、あまつさえ『グレンの屋敷』付近に潜伏している事まで知れたのか。


 彼女が世界一優秀な情報屋なのはグレンも高く評価しているが、それにしても情報の取得が早すぎる。

 そんな時、屋敷の中でビリディ本人から『空白の逃走劇』の一部始終を聞き、全ての事象が一つの線で結びついたため、いよいよグレンはチャミィを問い詰める決断をしたのだ。


「チャミィ。キミだろ? ビリディとリュシカを、あの海上から西方大陸まで運んだのは」

「にゃ!? にゃ、にゃにを言うにゃ! そんな事、我輩のスペックで出来るわけ……」

「誤魔化しても無駄だよ。この広大な大陸で、本当に上陸しているかも分からない二人の居場所をこんなに早く特定できるなんて、さすがに不自然でしょ」


 更に、グレンがビリディ達から聞いた話で、不可解に思った事は、彼らの海賊船がマールーン公国の軍艦に一斉射撃された後の出来事にも及ぶ。

 マールーン公国の軍艦はあの後、ビリディの生存を確認する為に戻って来たらしいが、その時にはリュシカが規格外の魔法(巨大水龍の召喚)を発動し、マールーンの軍艦を海の底へ沈めたと言うのだが……問題は、その後。


 壊れた海賊船では身動きも取れなくなっていたビリディとリュシカを、一隻の『中型船』がこの西方大陸まで運んでくれたという。

 救出の際の対価は、ビリディ達の乗っていた海賊船に残されていた金銀財宝で、全てその助け船の『船長』に譲り渡したとか。

 しかし、ビリディもリュシカも、その『船長』が誰だったのか。という情報を不思議な事に全く記憶に残していなかったのだ。


 短い距離とはいえ、一緒に船旅をした命の恩人である相手を完全に忘却してしまう事など、人間の脳の構造としてありえるだろうか?

 そこでグレンの論理回路は、一つの特異点に到達した。

 元々、他者の記憶に定着しない『絶対的な認識阻害』の能力を持つケットシー族であったならば、そういう現象にも説明がつく。

 もしも、チャミィが都合の良いタイミングでグレンに接触してきたのは、彼女自身がビリディを運び屋として直接ルウラまで移送し、監視していたからではないか?と。


 そんな推理をチャミィに突きつけると、言い逃れは不可能だと悟ったのか、意外とアッサリと彼女は白状した。


「むぅ……にぃ様には敵わないにゃ」


 途端にチャミィが項垂れる。

彼女はワーズサニーから脱獄したビリディの行方を追って来たが、途中でイレギュラーがあり、結果的に西方大陸へと二人を導いた恩人となる事が出来た。

しかし、自身の非戦闘スペックでは特級のビリディを制圧出来るはずもない。そこで、ビリディと対等に戦える者を求めて、冒険者ギルドで働いているソティラスのグレンがいる事を思い出した。

 これは幸いとばかりに、グレンとビリディを物理的に衝突させる計画を瞬時に構築したようだ。


「……まったく。最初から回りくどい嘘をつかずに、遠慮なく僕に『支援要請』すればよかったのに」


 と、呆れたように口にして、そこでグレンは一つの違和感に気付いた。

 確かに。何故、元々ソティラスの情報屋として馴染みがあったのに彼女は素直に事実を伝えてビリディの拘束を頼んでこなかったのか?

何故、水巫女を助けた事を伏せ、手の込んだ小細工をしたのか。その理由がわからなかった。

 一つ、考えられるとしたら、チャミィは他のケットシー族と〝共思念〟で思考を伝達できるが。そのネットワーク内で、自分とは『相反する依頼』があるのではないか? と推測し、グレンは更に問い詰める。

 

「チャミィって、聖王国の国家的事情や中央大陸の動向にも妙に精通してたよね? 実は、キミの仲間の中でも……水巫女の誘拐に関わってる者がいたりするとか?」

 

 その鋭利な指摘に、明らかに「えーと……」と、チャミィの大きな瞳が激しく左右に泳いだ。

 グレンが掴んでいるチャミィの尻尾を少し強く握り込むと、再び「ふにゃあっ!」と情けない声を上げて飛び上がる。


「い、言うにゃ! 全部言うから尻尾は勘弁するにゃ! 実は……とある海賊組織と聖王国の裏側で極秘の橋渡しをしてる同胞がいるにゃ! ソイツの雇い主は、にゃんとかして水巫女の身柄を回収したいみたいにゃ。

こっちは賞金首の盗賊を合法的に捕まえたい。ソイツの雇い主は、どうしても水巫女が欲しい。つまり、一時的に相互の『利害が一致した』にゃ!」

「……聖王国側の雇い主。それって、まさか聖王国の王配──エルギルト自身とか?」

「にゃッ!? にゃ、にゃにゃにゃ……にゃんでそこまで特定できてるにゃ!?」


 チャミィが口を滑らせた。予想外に詰められると、彼女は案外脆いようだ。以後、彼女に重要な話はしない方がよいかもしれない。

 思いながらもグレンは、動揺する彼女へ更に追撃の心理戦をしかける。

 

「実は全部知ってたんだ。……キミは最初から僕を利用してビリディを捕獲させ、でも水巫女の取引は成立させたい。つまり、君も…君の同胞も、どちらの依頼も上手く成立させようとしてたって事だね」

「う……にゃあ……。いや。そこまで酷い事は……まぁ。考えていたかもにゃ……テヘ」


 グレンが氷のような冷たい眼差しで睨み下ろすと、チャミィは怯えたように小さな首を竦めた。

 だが、グレンの中では確実な裏付けとなった。やはり王配エルギルト本人が、リュシカを海賊に売った事は疑いようのない事実だったのだ。そうとわかればグレンも、躊躇はしない。


ケットシーとは案外欲深い種族で、金の為なら正義も悪も関係ない所がある。

だが逆に、その〝損得勘定〟を上手く利用する事も出来る。


「……チャミィ。取引だ。キミが僕を利用しようとした件は特別に水に流すよ。その代わり、今すぐ、聖王国内の裏切り者を西方大陸に呼び出してほしい。……それが完璧に遂行出来たら、ビリディの身柄は、キミ個人の手柄として引き渡してもいい」

「……それなら、わざわざ呼び出さなくても、既にルウラに向かって移動中だにゃ」

「なんだって?」

「王配エルギルトが直接迎えに来る事が決定してるにゃ」


 (王配自らが、こんな辺境の大陸まで足を運んでくるのか?)と、その大胆すぎる行動にグレンは少し驚愕したが。

 それはつまり、向こうも当初の計画が狂い『切羽詰まってる状況』と言う可能性は高い。

これはグレンにとっては都合が良い。今なら相手もチャミィを信用しているので、上手く誘導して王配の『罪』を世に明かす計画がグレンの脳内で素早く組み上がっていった。

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