グレンの考察
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現在グレンは森の屋敷にビリディ、アリア、リュシカの三人を置いて一旦外に出ていた。
聖王国の王配、エルギルト殿下。
つまりリュシカの父親が今回の誘拐事件の真犯人だと、ビリディから伝えられたのは今から三十分程前だった。
話の根拠はリュシカが船で運ばれている途中、彼女を拐った海賊に「お前も父親に見捨てられるとは可哀想なガキだな」と、告げられたようだ。
あまりに衝撃的な話で、グレンもにわかに信じられなかった。
他にも、リュシカと知っていながらマールーン公国の軍艦が容赦なく攻撃してきた。というビリディの話は、実際にグレン達も目撃している事なので嘘ではない。
故にリュシカは敵だらけであり、他人にリュシカを委ねる事は出来ない……と言うビリディの言葉には信憑性があった。
もし誰かにリュシカを託しても、父親に渡された場合どうなるか保証出来ないのだから。
だが現在、考えはそれぞれで異なっていた。
リュシカ本人は〝父親を信じたい〟気持ちもあるようだが。
ビリディは「父親を信じるな!」と言う。
アリアは、少しリュシカに寄りそった考えで。
海賊が言った言葉は、リュシカが王国に帰る事を諦めるように嘘を言ったのかもしれない……という可能性を指摘していた。
その上でアリアが提案したのは、アリアがビリディとリュシカに同行して直接聖王国の女王──聖女でもあるリュシカの母親に渡す、という話だった。
それに関して、グレンは少し考えさせてくれと一旦話を中断して三人を残して外に出たわけだが。
グレンが懸念してるのはアリアが付き添うにしろ、他の方法にしろ。
どのみちリュシカが王国に帰っても、王配が本当に黒幕だった場合、リュシカの危険は〝永遠〟に身近に残る事だった。
今回は〝たまたま〟ビリディが乗っ取った船がリュシカを拐った海賊船だったが、二度目はないだろう。
一度失敗したからには、次は確実な作戦を立てて実行してくるはずだ。
つまり、王配である父親の真意を知らない事には、結論は出せない。
何とかして王配の本音を暴く方法を考える必要があったのだが。
実はグレンが外に出たのは、その事を考えるだけが目的ではなかった。
少し前からグレンの精霊が、近くにいる〝ある者〟の気配を感じており外に出たのだ。
グレンは、茂みの中におもむろに手を突っ込んで、その中にあった〝尻尾〟を掴んだ。
「ふにゃあっ!」と、声を上げて茂みの中で飛び上がったのは白い猫耳の少女、チャミィであった。
「何をしてるんですか?」
「に、にぃ様。乱暴は良くないにゃ」
「コソコソと聞き耳を立ててるからだよ。チャミィには聞きたい事があるんだけど?」
グレンがチャミィの尻尾を掴んだままで聞くと、彼女は困ったような顔を見せる。
そもそもグレンは少し不思議に思っていたのだ。
チャミィは、どうやってビリディが海賊船を乗っ取った事を知ったのか。
そして、どうしてビリディが水巫女と共に屋敷にいる事を知れたのだろうか?
彼女がかなり優秀な情報屋なのはグレンも承知しているが、あまりにタイムリーだった。
そして、先程ビリディと話してて一つの結論を得たので、グレンはチャミィを問い詰める。
「チャミィ。キミなんだろ? ビリディとリュシカを西方大陸まで連れて来たのは」
「にゃ! にゃにを言うにゃ。そんな事……」
「誤魔化さなくていいよ。じゃなきゃ、あんなに都合良く二人を見付けるわけないだろ」
グレンは、ビリディ達がマールーン公国に襲われた後の話を聞いていた。
マールーン公国の船はあの後、ビリディ達の海賊船に戻って来たという。
しかし、その時にリュシカが突然不思議な力を発揮して、マールーン公国の軍艦を沈めたようだ。
それが全世界で危険視されてる〝水巫女〟の強力な力だと言う事はグレンには直ぐにわかった。
が、問題はその後だ。
動く事が不可能な海賊船に一隻の中型船が近付いて来て、ビリディとリュシカを西方大陸まで運んでくれたというのだ。
そのお礼として、海賊船にあった豪華なお宝は全てその者に渡したのだそうだ。
しかし、それが誰だったのかを聞いてもビリディもリュシカもあまり覚えていなかった。
命の恩人であり、宝まで渡した人間を忘れる事なんかありえるだろうか?
そこでグレンはピンときたのだ。
元々存在感が薄いケットシー族ならば、そういう事も普通にあるし。
チャミィがタイミングよく近くにいたのも、彼女はビリディを追っていたからではないかと。
それをチャミィに突きつけると、意外とアッサリ彼女は白状した。
「にぃ様にはかなわにゃいにゃ。その通りにゃ。それでたまたまギルドで出会った、にぃ様に盗賊討伐をけしかけたにゃ」
チャミィが脱獄したビリディを追って、西方大陸に来たという話は聞いていた。
彼女ではビリディに対処出来ないので、冒険者ギルドで討伐を依頼するつもりだったが、そこにソティラスのグレンがいた。
これは幸いとばかりに、ビリディと衝突させる計画に至ったようだ。
「それなら、そうと言えばいいのに」
と、口にしてグレンは思った。
何故、素直に討伐を頼んでこなかったのか、と。
基本的にチャミィはソティラスの専属だが、他のケットシーとも思考は繋がっている。
その中に、自分には頼みにくい依頼があるのか? と思い、グレンは試しに聞いてみた。
「チャミィって水巫女の話や中央大陸事情に精通してたよね? 中央大陸は水巫女探しに忙しいって、自分で言ってたし。ひょっとして仲間で、水巫女を横取りする計画に絡んでる者がいたりする?」
明らかに「えーと……」と、チャミィの目が泳いだ。
グレンがチャミィの尻尾を強く握ると、再び「ふにゃあっ!」と飛び上がる。
「い、言うにゃ。実は海賊と聖王国の橋渡しをしてる者がいるにゃ。ソイツの雇い主は、にゃんとかして水巫女が欲しいみたいにゃ。こっちは盗賊を捕まえたいし、ソイツは水巫女が欲しいから利害が一致したのにゃ」
「聖王国か。それって聖王国の王配じゃないか?」
「にゃ!? にゃにゃにゃ……にゃんで」
予想外に詰められると弱いようだ。
グレンは、敢えてかまをかけてみる。
「実は全部知ってたんだよ。つまり、僕を利用して盗賊も水巫女も得ようとしたって事だよね……」
「う……にゃあ……」
グレンが睨むと、チャミィは怯えたように首を竦めた。
だが、やはり王配がリュシカを売った事は間違いないようだとグレンは確信する事になった。
「チャミィ、取引だ。今回の事は僕も水に流す。その代わり聖王国内の裏切り者を西方大陸に呼び出してほしい。それが出来たら、ビリディはキミの手柄として引き渡してもいい」
「その事なら先方は既にこっちに向かってるにゃ。当初、にぃ様が盗賊をぶっ飛ばしてくれると思ってにゃかったから、聖王国の王配エルギルトが直々に奪い返しに来る事が決まってるにゃ」
まさか王配自らが来るとは大胆だとグレンは驚く。
つまり、向こうも何かしら切羽詰まってると言う事なのだろう。
リスクはあるが、王配を上手く誘導出来れば真実を暴く事が出来る。
グレンの中で一つのアイデアが浮かんでいた。




