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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第二章

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王配のプライド

エルギルトは、最愛の娘リュシカと無事に再会を果たせた事で己の全ての重責が終わり、これでようやく肩の荷がおりると、深くため息を吐いた。

 

「さて。いくら隠密とはいえ、ワシが一国の王配として国を空けている事を隠し通すにも限界がある。急ぎ帰還の途につかねばならない。……グレン殿であったか。今は備えがなく何の礼も出来ぬが、国に帰り次第、望むだけの報酬を約束しよう。地位でも、金貨でも、何でも言うが良い」

「あ……いえ。僕は当たり前の事をしただけですから。報酬などは……」


 グレンは静かに首を横に振る。


「……なんと。今の世に珍しい、欲のない若者よ。そちらの女性はどうだ?」

「い、いえ。私も必要ありません。ただ……二度とリュシカちゃんがこんな怖い目に遭わないよう、その手を離さないようにしてあげてください」


 アリアは損得勘定の一切ない、純度百パーセントの聖女のような笑顔でそう答えた。


「うむ。親として肝に銘じよう。では、もし何かの縁があれば、是非とも我が聖王国を訪ねてくれ。国を挙げて歓迎しよう」


 エルギルトはグレンとアリアに見送られ、リュシカの小さな手をしっかりと引きながら、森の洋館を後にする。

 そして再び、港町マリンルーズへと戻ったエルギルトはリュシカを安全な船内へと匿い。母国へ帰還するための長期航海に向けた食料と真水を買い込むため、複数名の屈強な船員達と共にマリンルーズの市場へと向かった。


 やがて、全ての補給物資の調達を終えようとした頃。市場の裏手、薄暗く人通りの少ない狭い路地の角に、こちらをジッと見て立っている小柄な少女がいる事に気付く。

 

「……お前達は先に物資を船に運んでおれ。ワシは〝野暮用〟を終わらせてから戻る」

「承知いたしました、エルさん」


 護衛たちを先に行かせたエルギルトは、市場の人混みに紛れるようにして、誘い込まれるように路地裏に消えていく少女を追って、歩みを進めた。

 たどり着いた先には妖艶に微笑むケットシー族の少女が立っている。


「無事に、愛しの娘さんには会えたかにゃ?」

「ああ、その節は世話になった。娘の奪還は問題無く完了した。……それで、そっちの方はどうなってる?」

「こっちも全く問題にゃい。明日の朝、この港から南東に百キロ進んだ海域にある、無人島の東側だにゃ」


 少女は、周囲の目を盗むように素早い手つきで、正確な座標が大まかに記された一枚の海図をエルギルトに差し出した。


「そうか。今回の礼は、前の船の金庫にあったのだが……沈んでしまったようだからな。再度、しかるべきルートから用意しよう」

「その必要は、にゃい。我輩の報酬は既に別口からたっぷりと貰っている。では〝お気を付けて〟だにゃ」


 闇に溶けるように去っていく少女の背中を見送りながらエルギルトは、本当に手際が良い、有能な者だ…と、心底その一族の情報収集能力に感心させられていた。

その後、速やかに自分の船へと戻り、海図の座標──南東の無人島に向かうよう、船員に出港の指示を下す。


 そして数時間の航海の末、海図に示された通り、無人島を視認したエルギルトは、その島から一キロ程東へ離れた海上のポイントで、船はイカリを下ろした。

 そんな不可解な行動を見ていたリュシカが、不思議そうに小さく首を傾げる。


「お父様。どうしてこんな所で船を停めるのです?」

「……リュシカ。夜の潮風に当たると身体が冷える、お前は部屋で大人しくしていなさい。雲行きから、この先の海域は季節外れの嵐で荒れている。今日はここで安全に嵐をやり過ごす、何も心配しなくてよい」


 リュシカは小さく頷くと、大人しく船室へと戻っていった。


 ────翌朝。


 エルギルトの視界の先、水平線の彼方から一隻の大型船が姿を現した。

 少しずつ近づいてくるその船影を、懐から取り出した単眼鏡で確認する。船体自体は特に目立った特徴のない汎用的なガレオン船だが、掲げられた黒い帆には、クロスされた二本の剣に貫かれる狼のエンブレムが、でかでかと描かれている。

 

「え、エルギルト殿下! 前方より海賊船です!」

「わかっておる。……直ぐに、リュシカを連れて来い」

「り、リュシカ様は船底の安全な場所に隠された方がよろしいのでは?」


 一人の船員が戸惑ったような感じでエルギルトに苦言を呈した、その直後。その船員は己の背後から近寄ってきた別の船員のサーベルによって、心臓あたりを深々と貫かれ息絶える。

 途端に、他の船員たちがパニックを起こして叫びだす。

次に、エルギルトがサッと右手を挙げると、船員の『半分程』が突如としてサーベルを抜き、近くに居る船員に斬りかかる。


 程なくしてリュシカが船員の一人に腕を引かれ、無理やり甲板に引きずり出されて来た時。既に彼女の足元は、一部の船員達の反乱によって血の海と化していた。

 直後。──ゴォォンッ! と、激しく船体が揺さぶられた。

 海賊船がエルギルトの船に強引に接舷したのだ。武装した数人の海賊達が、船の間に渡された板を伝ってエルギルト達の船の甲板へと乗り込んでくる。


 状況が全く飲み込めないリュシカは、ひどく怯えた瞳で、不安そうにエルギルトの腕を強く掴んでいた。

 その前へ、一人のガタイの良い男が歩み寄ってくる。

 大きな海賊帽を目深に被り、腰には異国の剣──シミターを身に付けている。いかにも海賊といった風貌の男に対し、エルギルトは黙ってリュシカの背中を押し、男の前に突き出した。

 海賊の男は無言のまま、リュシカの細い腕を乱暴に掴んで自分の元に強引に引き寄せる。


「……お父様……!?」


 未だ何が起きているのか理解出来ず、涙目で自分を見つめるリュシカに対して、エルギルトは、冷たく歪んだ笑顔で静かに語りかけた。

 

「……悪いな、リュシカ。ここでお別れだ」

「お、とうさま?何を……」

「ワシはもう、聖王国にはうんざりなのだ。他国との外交を絶ち、孤立した鎖国政策。フリューシカばかりを神格化する、絶対的な『聖女主義』。ワシは政治の実権を持たされず、ただ聖女(お前)を産ませる為だけの『種馬』のような屈辱的な目で見られ続けてきた」

「お、お母様は……そんな風には思っていません……!」


 涙声で必死に訴えかけてくる愛娘の言葉を無慈悲に遮り、エルギルトは長年マグマのように溜め込んでいたドス黒い心の内をぶちまける。


「あの国に『聖女』の力など必要ない。お前さえいなくなれば、聖女という存在そのものが途絶え、聖女文化は滅びるだろう。あの国はワシの手でかつての軍事国家へと再建するのだ。聖女主義など、時代錯誤も甚だしい。

やはり国というものは、圧倒的な武力と知略を持つ『男』が治めるべきものだ。世界は武力で統治出来るのだ」


 独白を終えたエルギルトの口から狂気に満ちた笑みが零れた。

 当初の計画は、シャトルファングの横槍というイレギュラーに邪魔されたが、結果的にはシナリオ(クーデター計画)通りに全ての物事は進んでいる。

 

 一ヶ月前。エルギルトは愛娘のリュシカを魔法で眠らせ、王宮の隠し通路から外へと連れ出し、『海賊バルドロフ』に彼女の身柄を渡した。

そう、全てはエルギルトによる自作自演の誘拐劇。完璧な計画だった。

唯一の懸念点があるとしたら、娘に〝計画の全容がバレないようにする〟事くらい。

 

 正直、リュシカに再会した時、エルギルトは内心彼女の反応に不安を感じていた。

 もしバルドロフが口を滑らせ、計画の全容を聞かされていた場合。あのグレンという謎の青年に報告している可能性もあったのだ。

 その場合、あの洋館で真実を知る全員を皆殺しにする、血なまぐさいプランBも並行して準備していたくらいだ。

 しかし、何も知らない様子のリュシカを見てエルギルトは心から安堵した。


 ここに至るまで、イレギュラーこそあったが今、全ての計画は元の軌道へと戻った。

 そして計画の完遂を確信したエルギルトは、目の前の海賊に尋ねた。


「……おい。バルドロフの奴は、結局死んだのか? ただの盗賊なんかに積み荷と船を奪われおって。奴の無能のせいで余計な手間とリスクが増えた。もし生きてるなら、この手で首を落としてやりたいところだ」

「……ヤツなら、既に何処かの暗い海の底で、仲良くのたれ死んでるんじゃねぇすかね」

「ふん、それは残念。では、あとは当初の契約通りだ。今度こそ、リュシカをアイツに引き渡してくれ。頼んだぞ」


 海賊は深く海賊帽を被ったままコクりと頷くと、「よし、お前ら。船に戻るぞ」と、他の海賊と共に泣き崩れるリュシカを肩に担いで、海賊船へと引きあげていく。

 それを見届け、全てが終わったと、エルギルトが思った……その直後。

 無人島の陰から、一隻の巨大な大型帆船がヌルリと姿を現した。


思わずエルギルトの動きが固まる。何故なら、あろうことかその船のメインマストには、この海域には絶対に居るはずのない〝ルベリオン王国海軍〟の旗が、威風堂々と翻っていたからだ。


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