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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第二章

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親子の再会

いつの間にか、空間を転移したかのように同じテーブルに座っていた少女に対し、エルギルトも凄腕の護衛二名も、驚愕を隠しきれなかった。

 

 見た目のビジュアルだけを見れば、娼婦と間違われても弁明できないほどに露出過多な装いをしている。

 顔立ちはあどけない子供のそれだが、質量保存の法則を無視した豊満な胸や、しなやかな身体の曲線美は、健全な雄であれば視線を釘付けにされる事間違いない。

 ただ、エルギルト達は彼女が『声をかけてくるまで』、その存在に全く気付かなかった。


 視界の端を歩いていても絶対に目に入りそうな強烈な個性を放つ少女の存在を、至近距離で声を発せられるまで、脳が一切認識しなかったのだ。

 思えば、遠く離れた聖王国で極秘裏に接触してきたケットシー族の男性エージェントも、全く同じ現象を引き起こしていた。

 向こうから一方的に干渉されるまで、こちらからは絶対にその存在を感知出来ない絶対的なステルス性能。それがケットシーが持つ、特有の『認識阻害』なのだ。


 そして、ケットシー族には、もう一つ世界を脅かすほどの特殊能力がある。

 それは〝共思念〟と呼ばれるもので、彼らの種族の一部は、個体間の思考や記憶をリアルタイムで共有しているという。

 その共有距離は、物理的な空間の制約を一切受けない。海を隔てて離れていようとも繋がっている。

 南方大陸の聖王国に駐在する者と、この西方大陸のルベリオンに潜伏する者も、その精神は単一のネットワークとして統合されているのだ。 


 つまり、今エルギルトの目の前で足を組んでいるこの少女は外見こそ違うが、中身は聖王国で商談したケットシーの男性と『同一人物』のように話を進めて何ら問題ないという事だ。

 ただ、少し違和感に感じるのは……


「……なんと言うか、そなたは随分と喋り方にクセがあるのだな。そんな独特の口調で、潜入任務中に身バレするリスクはないのか?」

「そうかにゃ? まあ、全く問題にゃいにゃ。それより本題に入るにゃ」


 壁一面に雑多な海洋具や漁網が所狭しと飾られた薄暗い酒場の中で、エルギルト付き添いの二人は、完全に少女の色香に魅了されたようで、その全身をだらしない顔で凝視し続けている。

 (……やれやれ。高度に訓練された兵士ですら、雄の生物的本能には抗えんか)と内心で深いタメ息を吐き、エルギルトは少女に話の続きを促す。


「先ずは、先日の報告から少し状況が変更されたにゃ。ターゲットの〝あの子〟は現在、〝例の手配犯〟とは一緒にいにゃい」

「なに? 別の勢力にでも身柄を渡されたか? ……まあ、誰と居ようがワシには関係無いが。物理的に制圧して連れ帰るだけだ」

「うーん。その必要は、にゃいにゃ。指定の座標に直に赴いて、普通に連れ帰るといいにゃ。〝例の男〟に関しては、こちらの協力者が既に手厚く〝接待〟しておいたにゃ」


 エルギルトにはその〝接待〟という隠語の正確な意味はわからなかったが、要するに、あの特級の盗賊から〝娘の所有権を剥奪する〟為の物理的な話し合い(暴力)が完了していると言う事だろうと解釈した。


「なるほど。では〝リュシカ〟は今、何処に保護されている?」

「ルウラ近郊の屋敷だにゃ。ただ、ここから王都の郊外へと移動する必要があるから、正確なルートを記した地図を書いたにゃ」

「……屋敷の主人には話が通っているのか?」

「無論、言ってあるから迎えに行くとよいにゃ」

「そうか。余計な手間が省けたようだな。そちらの手際の良さに感謝する」

「いやいや、ビジネスの範疇だにゃ。それでは…」


 最後の言葉のあと少女が、ふわりと音もなく席を立った。その瞬間、まるで催眠魔法の接続が切れたように、付き人の二人はハッと我に返り、己の失態に顔を青ざめさせた。


「はっ……! い、今の者の情報、果たして信用するに足るのでしょうか!?」

「うむ。疑いの余地はないだろう。時間を無駄にはできん。直ぐに王都ルウラへと向かうぞ」


 既にエルギルトの脳内では、協力者の顔の輪郭が薄れ始めていた。だが、彼女に渡された地図を片手に、一行はルベリオンの王都、ルウラへと歩みを進めた。


 港町マリンルーズから王都ルウラまでの道程はさほど困難なものではないが、人の往来が激しい王都に近付くにつれ、エルギルトの素顔を知る者がいる可能性は増える。

 エルギルトは目深にフードローブを被り、すれ違う冒険者や商人の視線をやり過ごした。


 やがて、地図に示された西の森の奥深くへと辿り着いた。

 鬱蒼とした森の中をしばらく進むと、開けた空間に一件の古いレンガ造りの洋館が姿を現した。その古びた赤レンガの壁面には無数の蔦が複雑な幾何学模様を描き、窓には細工の細かいステンドグラスが嵌め込まれている。その窓越しに、明かりが灯っていた。

 (地図にあった通りだ……)と、エルギルトは内心でホッと胸を撫で下ろす。


 道中、若干の疑いはあった。協力者とは言いながら、実は他国と裏で繋がっており、二重スパイとして自分を罠に嵌める可能性もゼロではないからだ。

 これまで有用な情報をもたらしてくれたが、最悪のケースも考えねばならないと、エルギルトの眼は常に冷徹に機能している。

 まして、ここは自国の権力が一切及ばない遠く離れた西方大陸。裏切られても、助けてくれる者などなかなか存在しないのだから。


 空はすっかり暗闇に覆われ、夜遅くの訪問となってしまったが。取り敢えずエルギルトは、警戒を解かずに洋館の重厚な木製の扉を三度叩いた。程なくして扉が内側から開かれ、中から一人の青年が姿を見せた。

 こんな町外れの森の奥で暮らしているのだから、さぞ筋骨隆々な木こりか、あるいは歴戦の傭兵の隠遁生活かと思ったが。

 現れた青年は、拍子抜けするほどに細い。

 魔物を狩るような筋肉の鎧など全く備わっていないような平服の出立ちだが、身長だけはそれなりに高いので、まさにヒョロっとした頼りない印象の青年だ。


 (……まさか、この非力そうな青年が、あのシャトルファングの盗賊を制圧したと言うのか?)

そんな思考を巡らせながらも、エルギルトは王族としての威厳を保ち静かに挨拶をした。


「夜分に失礼する。御初に御目にかかる。えー、こちらへ向かうように伺ったのだが……」


 と、エルギルトは協力者から聞いた『この屋敷の主の名前』を言おうとして、致命的なミスに気付く。

 そういえば、あのケットシーは『新しい主人に言ってある』と口にしただけで、肝心の名前を自分に伝達していなかった事に。

 しかし、その青年は一切の動揺を見せず、極めて事務的かつスムーズに対応してくれた。


「お待ちしてました、エルギルト殿下ですね? チャミィから話は聞いています。僕はグレン・ターナーです。お付き添いは二名ですか? どうぞ、中へお入りください」

「あ、ああ、すまない。では遠慮なく失礼する」

 

 招き入れられた先、豪華なアンティーク家具が並ぶ客室らしき空間に通されたエルギルトは、そこで一人の赤毛の少女に目を奪われた。

 スラリとした体型に、芸術品のように端正な顔立ち。造形に非の打ち所のない圧倒的な美人だったからだ。年齢は、案内してくれた青年と同じくらいだろう。


「ほう。これはこれは、お美しい。グレン殿の奥様ですかな?」

「お、お、奥様ッ!? わ、わわ、私はアリア・エルナードと申しますッ! ぐ、グレンくんとはまだ……って、いや! そ、そういう深い関係では……!!」


 突然、顔を耳の先までリンゴのように真っ赤に染め、両手をパタパタと振り回して何を言ってるのかわからない程に大慌てする少女。

人生経験豊富なエルギルトの脳内では、大体の関係性が想像できた。

(なるほど。まだ明確な合意に至っていない〝その手前の段階〟という事だろう)と。

 なんとも微笑ましい反応だと思いながら、同時に部屋の張り詰めた空気が一気に和やかなものへ変わり、エルギルトの緊張も少しやわらいだ。

 

「……とりあえず殿下。長旅でお疲れでしょう、そこのソファーにお掛けください。今すぐ、お嬢様をお連れします」


 そう事務的に言って、グレンが客間を出て行く。

 いよいよ、一ヶ月以上も行方不明だった愛する娘と再開出来るのかと思う反面、エルギルトの心臓は、かつてないほどの激しい鼓動を刻んでいた。

 数分後。部屋の扉が再び軋む音を立てて開き。その向こうから、見間違うはずもない、夏の空のような青い髪の少女が現れた。


それは、紛れもなくエルギルトの愛娘、リュシカ・アール・クライストである。

 リュシカはエルギルトの姿を目視した瞬間、部屋の入り口で呆然と立ち尽くし、金色の瞳を見開いた。

 そんなリュシカの姿を見て、エルギルトの脳内は一時的にフリーズし、父親として最初になんという言葉をかけるべきか、最適解を見失っていた。


 取り敢えずエルギルトは、一切の理屈を捨て、静かに両手を広げた。

 するとリュシカは、堰を切ったように小走りで歩みよってきて。父親の広い胸の中へ静かに、だが力強く飛び込んだ。


「……り、リュシカ。よく生きていてくれた。本当に……無事で良かった」

「……はい。お父様……」


 その光景はまさに、父と娘の感動的な再会のシーン。エルギルトは、己を縛っていた全ての重圧がようやく終わったとばかりに。心から深い安堵のタメ息を吐きながら、最愛のリュシカの細い身体を愛おしそうに強く抱きしめた。


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