エルギルトの想い
エルギルトは無事にリュシカと再会を果たせた事で全てが終わり、これでようやく〝ストレス〟から解放される、と深く安堵のため息を吐く。
「さて、ワシが国を出ている事を隠すにも限界がある。急ぎ戻らねばならない。グレン殿だったか、今は何の礼も出来ぬが国に帰ってからそなたには望む報酬を約束しよう」
「いいえ。僕は当たり前の事をしただけです。報酬など必要ありません」
グレンは両手を振りエルギルトの申し出を断る。
「なんと、欲のない若者よ。そちらの女性はどうだ?」
「い、いえ。私も必要ありません。ただ、二度とリュシカちゃんを離さないようにしてあげてください」
アリアは、笑顔でそう答えた。
「全くその通りであるな。では、何かあれば是非聖王国を訪ねてくれ」
エルギルトはグレンとアリアに見送られ、リュシカの手をひいて屋敷を後にした。
それから再びマリンルーズの街へと戻ったエルギルトは、一旦リュシカを船に乗せ。
次の航海の為の食料を買いに、複数名の船員達と共にマリンルーズの市場へと向かった。
そして、ちょうど食料の調達を終える頃。
狭い路地の角に、こちらを見て立っている少女がいる事に気付いた。
「お前達は先に船に戻れ。ワシは少し〝別の用事〟を終わらせてから戻る」
「承知しました、エルさん」
エルギルトは人混みに紛れ、誘い込まれるように少女の方へと歩みを進めた。
近付くと、その少女はケットシー族だとわかり、直後にその顔を思い出した。
「娘さんには会えたかにゃ?」
「ああ、そなたか。問題無い。そっちの方はどうなってる?」
「こっちも問題にゃい。明日の朝、南東に百キロ行った所にある無人島の東側だにゃ」
少女は、大体の場所を記した海図をエルギルトに差し出した。
「そうか。礼は以前の船にあったのだが。再度用意しよう」
「必要にゃい。既に貰っている。では〝お気を付けて〟だにゃ」
去っていく少女を見送りながらエルギルトは、──本当に手際の良い協力者だ。
と、心底その謎の少女に感心させられた。
エルギルトは自分の船へと戻り、直ぐに南東の無人島に向かって船を出港させる事となった。
それから数時間後、無人島を見付けたエルギルトは。
その島から一キロ程東へ離れた場所で、船のイカリを下ろす指示を船員に出す。
その光景を見ていたリュシカが、不思議そうに「お父様。どうして船を停めるのです?」と首を傾げた。
「リュシカ、風に当たると身体が冷える。部屋にいなさい。この先は嵐で海が荒れているらしい。今日はここで嵐をやり過ごすから、何も心配しなくてよい」
リュシカは小さく頷くと、船室へと戻っていった。
────そして翌朝。
エルギルトの目には一隻の大型船が見えていた。
少しずつ近付いてくる船を、懐から出した単眼鏡で確認する。
特に目立った船ではないが、帆にはクロスされた二本の剣に貫かれる狼のマークが描かれていた。
「え、エルギルト殿下! 海賊です!」
「わかっておる。リュシカをここに連れて来い」
エルギルトが一人の船員に命令すると、その船員は少し戸惑ったような感じで「リュシカ様は隠された方がよろしいのでは?」と答える。
その直後、その船員は別の船員のサーベルで背中から貫かれた。
途端に他の船員が叫びだし、甲板の上は騒がしくなったがエルギルトの合図で更に船員の半分程がサーベルを抜き、残りの者達を皆殺しにしていく。
リュシカが船員の一人に連れられ、甲板に上がって来た時には辺りは血の海と化していた。
突如、ゴオンっと激しく船が揺れる。
海賊船がエルギルトの船にぶつかり、数人の海賊らしき男達が船に乗り込んできた。
状況が飲み込めないのか、リュシカはひどく怯えた瞳でエルギルトの腕を掴んだ。
その二人に向かって、少しガタイの良い男が歩み寄って来た。
大きな海賊帽を目深に被り、腰にはシミターを身に付けている。
いかにも海賊の船長といった風貌の男に、エルギルトは黙ってリュシカを差し出した。
男も黙ってリュシカの腕を掴んで、自分の元に強引に引き寄せる。
「お父様!?」
涙目で自分を見つめるリュシカに、エルギルトは静かに話しかけた。
「悪いな、リュシカ。ワシはもう聖王国にはうんざりなのだ。他国と孤立した王国と、絶対聖女主義。フリューシカばかりが崇められ、ワシは次の聖女を産ませる為の種馬のような目で見られていた」
「お、お母様はそんな風には……」
涙で訴えかけてくるリュシカの言葉を遮り、エルギルトは自分の想いをぶちまける。
「あの国に聖女など必要ない。リュシカ、お前がいなくなれば次の聖女がいなくなる。聖女文化など直ぐに滅びるだろう。これを期に新しい国にワシが造り直す。聖女主義など、もはや不要。やはり国は男が治めるものだ。そしてセルシアクベイルートは、中央大陸の国と協力して小さな南方大陸から外へと進出するのだ!」
言ってエルギルトは思わず笑みが零れる。
計画にイレギュラーはあったが、結果的に当初の計画通りに物事は進んでいた。
思えば、エルギルトがリュシカを魔法で眠らせ。
誰にもバレずに王宮の隠し通路から外に出て、海賊のバルドロフに渡し、海上へと無事に逃がす所までは順調だった。
唯一の不安要素と言えば。
バルドロフのバカに〝決して娘に本当の事は話すな〟と念押しするのを忘れていた事くらいだ。
もし事実を知った娘が誰かに話した場合。
エルギルトに不審の目が向けられてしまい、セルシアクベイルートを支配しづらくなる。
故に、久しぶりにリュシカに再会した時はエルギルトも彼女の反応を恐れたのだ。
もしバルドロフから何かを聞かされていた場合。
グレンという男に話している可能性もあったので、そこの心配が常にあった。
最悪、あの場でリュシカにそれを問われた場合。
その場で全員を始末する事も考えていたくらいだ。
しかし、普通に自分に抱き付いてきたリュシカを見た瞬間。
彼女は何も知らされていないのだと確信し、エルギルトは心から安心した。
そして今、全てが元の計画通りに戻った。
安心したエルギルトは海賊の船長に尋ねる。
「おい、バルドロフの奴は死んだのか? 盗賊なんかに船を奪われおって。奴のせいで余計な手間が増えたのだ。生きてるなら文句の一つも言ってやりたい」
「バルドロフなら、何処かでのたれ死んだんじゃねぇすかね」
「そうか、死んで当然だな。後は、貴殿が当初の予定通りリュシカを〝アイツ〟の所へ届けてくれ。頼んだぞ」
海賊の船長はコクりと頷くと「よし、お前ら。船に戻るぞ」と他の海賊と共に、リュシカを連れて海賊船へと戻っていった。
しかし、その直後。
島陰から別の大型船が現れてエルギルトは驚かされた。
更に、その船には〝ルベリオン王国〟の旗が立っていたのだ。




