水を差された戦い
戦闘が長丁場になってくると、肉体的な負担を強いられるのはグレンの方だった。
普段から魔法でサクッとスタイルのグレンにとって、これだけ長い戦闘は初めてだ。
さすがにこれ以上〝遊んでる〟場合ではない。
危うく本来の目的を忘れる所だったと、グレンは頭を切り替える。
「おいおいおい、楽しいなぁ。でも、ちょっと鈍ってきたんじゃねえか? この勝負は俺の勝ちだな!」
ビリディの連続攻撃を四撃まで受けた所で、グレンの風の剣が消失した。
その瞬間をビリディが逃すはずはなく、グレンの胸元へ渾身の五撃目が繰り出される。
が、それはグレンの身体に届く事はない。
消えた風の剣の刃が、今度はグレンの全身を包み込んでおりビリディの攻撃を弾いた。
「悪いな。ここからが本気だ」
こうなるとビリディの攻撃は、何をしてもグレンには届かなかった。
魔力持ちとの圧倒的な〝差〟を見せ付けられ、ビリディの表情が悔しさに歪む。
程なくしてグレンはスッと右手を前に出す。
とある風の魔法が、静かに無詠唱でビリディに放たれた。
目に見えない何かが、ビリディの肉体を内側から破壊していく。
この瞬間、ビリディの体内の空気はグレンの魔法により掌握されていた。
肺に送り込まれてくる空気も、心臓から血液の流れに乗る酸素すらも。
人間の体内で当たり前のように調和している生きる為に必要な空気の流れや量を、使用者のさじ加減で〝いかようにも〟狂わせられる。
それが、グレンの使った〝天使の調律 ── チューニング・オブ・エンジェル〟という最高位魔法だった。
体内のあらゆる臓器が悲鳴をあげ、ビリディは突然「ガハッ」と血反吐を吐いてその場に倒れた。
「な、なんだよ……こりゃ」
「この魔法は、魔力無しには防ぎようがない。外からの攻撃には耐えれても。内臓は鍛えられないだろ?」
「こんな……魔法……」
反則的な効果を持つ魔法に、抗おうするビリディだったが。やがて声も出せなくなった。
そんな時、割れた屋敷の窓から青髪の少女が飛び出してきた。
きっと中で捕えられていた水巫女が、これを気に脱出してきたのだとグレンは思っていたが。
見ればその少女は、何故か両方の手にコップを持っていた。
グレンの前で倒れるビリディを見て、少女は「だめぇ!」と叫び。右手のコップを宙に投げ放った。
コップ中に入っていた水らしき液体が空中で溢れ出すと共に、それは鋭い槍へと形を変化させた。
そして尋常じゃない速度でグレン目掛けて襲いかかる。
グレンは咄嗟に風の防御魔法を展開。
しかし、その抵抗虚しく防御を突き破ってその槍は右の肩を貫いた。
次に少女は左手のコップも投げる。
これはヤバい、とグレンは咄嗟に全力の魔法障壁を展開させた。
しかし、今度は槍には変化せず。薄く広がりビリディを包み込んだ。
その瞬間、グレンの魔法──チューニング・オブ・エンジェルが打ち消されたのだ。
防御系統の水魔法なのかもしれないが、コップ一杯の液体で最上位魔法をアッサリ遮断してしまう程の効果にはグレンも驚かされた。
どちらにしろ、その少女はビリディの味方になっているように見えた。
故にグレンは疑問を抱くのだ。
確かにビリディをここまで痛め付ける理由もなかったが、グレンが少女に攻撃される理由も無い。
「ちょっと、待ってくれ。君は……」
「その人を殺さないで!」
少女の必死な瞳を見てグレンは、急に水を差されたように我に返った。
小さな少女の言葉には、ビリディを守ろうとする意志が強く感じられる。
その様子を見ていると、果たして自分がやってる事は正しいのか?
実は何か勘違いしているのか? と、グレンは迷い始めていた。
さらに、アリアが慌てて駆けつけて来てグレンの肩に回復魔法を施しながら言う。
「グレンくん、ちょっと話を聞いてほしいの。実はこれには色々と理由があって。私は彼に頼み事をされてたのよ」
「頼み事……ですか?」
そしてアリアはグレンが来る前にあった事と、ビリディと水巫女は合意の上の関係だとグレンに説明した。
その話を聞いてグレンは、最初から一切〝風〟が危機感を示さなかった理由がわかった。
ビリディは最初から、誰かを傷付けるつもりじゃ無かったのだ。
だからと言って、このまま盗賊のビリディを逃がすというのは違う気がする。
その彼はすっかり回復したようで、グレンに対してギラギラと睨みをきかせて愚痴る。
「ったく。やっぱり魔法は卑怯だよな……魔法無しだったら俺の勝ちだったぜ」
なおも威圧感を見せてくるビリディに向かって、グレンも負けじと答えた。
「いや、魔法じゃなくても僕は負けるつもりはありませんけど」
「あー、はいはい『俺の女に手を出すな』だったな」
そう言ってビリディは、呆れたように両手を頭の後ろで組んでそっぽを向いた。
その言葉に思わずグレンは頬が熱くなる。
「そ、そんな事は言ってません」
「言ってただろうが、さっきのお前と今のお前はまるで別人だな」
「ぐ、グレンくん。覚えてないの!?」
何故かビリディとアリアが同時に責めてくる。
グレンは完全に動揺していた。正直、言った事は覚えているのだ。
しかし、出来れば聞いて無かった事にしてほしかった。
普段の自分がアリアを〝俺の女〟だなんて思っていると疑われでもしたら、弁解の言葉なんてグレンに思い付くはずがないのだから。
「いや、まあ。あれは何て言うか……」
「私は、嬉しかったんだけどなぁ」
「え!? そ、そうなんですか」
「な、なんで、今さらグレンくんが恥ずかしがるのよ! 朝はあんなに大胆な事言ってきたくせに……」
アリアのこの反応に、グレンの脳内はフル回転する。
──僕、彼女に何か言ったっけ?
と過去を振り返りながらも〝私は嬉しかった〟という彼女の言葉の意味だけを、やたら考えてしまう。
しかも何回考えても。
──彼女は僕に好意を抱いている? なんて結論に至ってしまい、グレンは戸惑いを隠せなかった。
「おいおい、この状況でイチャイチャすんなよ。とりあえず、俺はどうすりゃいいんだ? このまま捕まるのか?」
「い、イチャイチャって……。ま、まあ、ともかく。本来なら騎士団に送る所ですが、その少女の事もあるので。一応、事情くらいは聞きます」
ビリディは、抵抗するつもりが無いという意志を示すように腰のシミターを外した。
そした、その場にドカッとあぐらをかいて座り、呆然と立ち尽くす水巫女を見ながら話始めた。
「コイツは想像以上に敵だらけなんだよ。それに俺はコイツに一度命を救われてるしな。恩を返すのが男だろ」
ビリディの言葉は誰にでも言えそうな事だが、嘘を言ってるようには聞こえない。
そして、その後ビリディから聞かされた水巫女の誘拐事件の真相は、少し無視出来ない内容だった────




