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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第二章

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猫の知らせ

◇◇◇◇◇


 グレンは、フィルネから託された書類の山の始末を終えると、今度は別の従業員から〝依頼完了報告業務〟を押し付けられた。

 そして先ほど、ルウラ市街の依頼主の所へと赴き、一連の事務タスクを完了させるに至り。受け取った報償金の入った革袋を片手にギルドへ戻る裏路地を歩いていた途中。薄暗い死角から、グレンに向かって手招きする極めて小柄なシルエットに気付く。


誰かと思えば数時間前に酒場で別れたばかりのケットシーの少女──チャミィだった。

 隠密特化で動く彼女が白昼の街中でグレンに直接コンタクトを取るなど、極めて異例の事態である。何か戦況を覆すような新しい情報でも掴んだのか? と、グレンは周囲の『認識阻害』のノイズに紛れるように人目をやり過ごしつつ、彼女の潜む路地裏へと滑り込んだ。


 グレンが釣れた事に気付いたチャミィは、まるで重力を無視したかのような軽い足取りで、更に奥の袋小路へと跳ねるように移動する。

 グレンも足音を殺してそんな彼女の後に続いた。

 情報屋としてのチャミィのこの露骨な警戒行動を見るに、少なくともオープンな通信網には乗せられない、最高機密の類である事は間違いなかった。


「……こんなに早く接触してくるなんて。何か進展でもあったの?」


 前を進むチャミィの小さな背中に囁きかけると、彼女はクルリと振り向き。猫のように周囲の気配をキョロキョロと探ってから、ツツツ……っと滑るようにグレンの足元に忍び寄り、極小のボリュームで囁いた。


「大至急、報告しておこうと思ったのにゃ。にぃ様は昼間、例の水巫女は『海に沈んだかもしれない』と推測していたけれど。我輩の最新の情報によれば……どうやらターゲットは無事に生きてるにゃ────」

「ほんとに?」


 チャミィは少し興奮気味に、ヒゲをピクピクと揺らす。

 この僅か数時間という異常な速度で、目的である〝シャトルファング盗賊団〟の動向と、グレンの推論を完全に覆す事実を同時にサルベージしてきた事にはグレンも驚きを隠せなかった。


 彼女の持ってきた情報はこうだ。中央大陸の鉄壁の監獄から脱獄したシャトルファングの超大物が、水巫女を拐った例の海賊一味と海上で『接触』した痕跡がある、と。

 つまり、グレンがマリンルーズ沖で視認したあの海賊船を操っていたのは実は海賊ではなく、チャミィが追っている『シャトルファングの幹部』であった可能性が極めて濃厚になった。

 

 そう言われて見ればと、グレンの脳内でも完全に辻褄が合った。

 あの時、逃走する海賊船には海賊特有の熟練した操艦技術が完全に欠落したバタバタとした挙動だ。

 実際にグレンが目視したのも、追い詰められた〝一人の男〟と〝水巫女らしき少女〟だけだった事も不自然極まりない。


 (……よくぞこの数時間で、その情報に辿り着けたもんだ)と、グレンは素直に驚嘆の目を向け。

 その上で、チャミィの推論に一つの否定的な論理を提示した。


「つまり、あの海賊船に乗って軍艦から一斉射撃を浴びたのは、海賊じゃなくて〝指名手配の盗賊〟だったというわけ? でもそれなら、蜂の巣にされて海に落ちたんだから、チャミィの探してたその盗賊は既に死亡した可能性の方が高いのでは?」

「そこが問題なのにゃ。実はつい最近、その特徴と完全に一致する男と『青髪の少女』のペアが、このルウラ近郊の森で目撃されてるにゃ」

「そんなまさか!」


 あの絶対絶命の集中砲火と弾着の海から、生きて西方大陸まで泳ぎ着いていたというのか? そんな事は物理的に不可能だ、とグレンは思ったが。よく考えれば、海賊船が轟沈した瞬間を誰も直接確認したわけではない。

 何らかの理不尽な規格外の手段を用いてあの死線を突破し、この西方大陸へ上陸していたという事も考えられなくはなかった。

 もっとも、その目撃情報がただの幻覚ではなく、真実ならば、の話だが。


「うーん。でも……その目撃情報に確たる根拠はあるの? 水巫女誘拐の巨額の懸賞金に目が眩んだ連中が流した、ただのデマじゃないの?」


 グレンが当然の疑問を呈すると、チャミィは途端に小さな胸を反らせて、少し自慢気なドヤ顔を見せる。

 そして、グレンの平穏な日常を破壊する、衝撃の事実を口にした。


「我輩のネットワークの同胞が、近くの西の森の中にある『ボロ屋敷』付近で、直接それらしい二人を視認してるにゃ」

「……近くの西の森のボロ屋敷? その屋敷って、もしかしてレンガ造りの古い洋館の事?」


 グレンの鋭い逆質問に、少し意表を突かれたようにチャミィは自信満々なその表情をポカンと崩した。


「うにゃ? にぃ様、何故その物件を知ってるにゃ?」

「……知ってるも何も。それは多分、僕の家だよ。元々は誰も寄り付かない廃屋だったんだけどね。僕が西方大陸に来た時に、立地と防衛的観点から最高に都合が良かったんで、見付けて勝手に使わせてもらってるんだ」

「にゃ、にゃんと!? では……あの屋敷で盗賊に捕まっていた『赤毛の少女』は、にぃ様が個人的に雇ってるメイドか何かにゃ!?」

「……ん? 誰の事?」


 情報展開の速度が早すぎて、グレンの明晰な思考回路が一瞬処理落ちを起こす。

 一体彼女は、この短時間でどれほどの情報を脳内に叩き込んで帰ってくるのだと、もはや尊敬の念すら抱く。


「……我輩の追跡には関係ないのかにゃ? その屋敷の付近で、盗賊の男に見付かって『赤毛の少女』が一人捕獲されてたみたいな情報も入ってるにゃ」

「いや、全く知らないよ。僕は誰も雇ってないし、たまたま香草でも摘みに屋敷付近の森に迷い込んだ一般人が、不運にも鉢合わせただけじゃないの?」


 どこの誰かは知らないが、血に飢えた特級の盗賊かもしれない男に捕まっていたという話なら、それは完全に運が悪すぎる。全く気の毒な話だなとグレンは他人事のように思った。

 今のグレンが戦術的に最も心配しているのは、その逃亡中の盗賊が、ウッカリと安全地帯だと勘違いして『あの屋敷の中』へ侵入しようとしないか、という事だ。

 何故なら、あの屋敷全体に〝超高密度の魔力結界〟を常時展開しているからだ。


 万が一、魔力を持つ水巫女なり、迷い込んだ赤毛の少女なりが下手に立ち入ろうとすれば、防衛システムが作動し、体内の魔力を暴走させられて致命的なダメージを負う事になる。

 指名手配の盗賊が自爆するだけなら自業自得で済む話だが、これが何の罪も無い民間人の少女を巻き込んで炭化させたとなると、流石のグレンでも寝覚めが悪すぎる。

 

 とはいえ────

 

「……赤い髪に青い髪と、随分とカラーリングが賑やかで目立つパーティーだね。そんな派手な二人を連れて隠密行動なんて、論理的に考えて何処にも逃げ切れないんじゃないかな?」

「……まぁにゃ。というか、にぃ様、随分と反応が薄いにゃ」


 チャミィは不思議そうに小首を傾げていた。

 重大なテロリストの情報に対して、グレンの事務的で素っ気ない態度が少し意外だったようだ。

 しかし正直なところ、グレンにとっては『どうでもよかった』のだ。

 家は不法占拠しているだけで自分の持ち家ではないし、水巫女の国家的事情にしろ、巻き込まれた見ず知らずの赤毛の少女にしろ、基本的にグレンの平穏な日常には直接的な因果関係がない。


 (……もし、わざわざ情報協力金目当てで海上の無謀な捜索にまで出るようなアリアさんだったら、この話を聞いて凄まじい興味と正義感を湧かせるのだろうけど────)

と、グレンは思考を回す。

 ──仮に、アリアさんが西の森で誘拐された水巫女を目撃したら、彼女はどういう行動を選択するだろうか?

 

 考えるまでもない。あの自己犠牲の塊のような彼女なら、相手が特級の賞金首だろうと問答無用で、たった一人で水巫女を助けようと突撃するだろう。何せアリアは、そういう自らの命を軽視するような、妙に優しすぎる欠点を抱えているからだ。

 グレンはそんな彼女の非合理的な行動パターンをシミュレートしていて、ふと、一つの『致命的な符合』に気が付いた。

 ……アリア・エルナードもまた。

 特徴的な〝赤毛の少女〟である事に。


「……いや。でも、いくら彼女でも、一人でわざわざあんな西の森の奥深くまで行く理由がないよな……」


 思わず、自身の推論を打ち消すような独り言が口から零れるグレンに対し、チャミィは「やっぱり、その捕まった赤毛は、にぃ様の知ってる人間にゃのか?」と、興味津々でヒゲを揺らしてすり寄ってくる。

 その物理的な距離感は相変わらずバグっている。


「い、いや! 多分僕の気のせいというか、思い過ごしだとは思うけど……。一連の情報自体は、この地域における極めて重要な問題だし。脱獄した特級盗賊の確保も、水巫女事件も同時に解決出来るかもしれない。……ここから先は、このエリアを担当してる僕が責任を持つよ」


 チャミィはあくまで非戦闘に特化した情報屋だ。

 相手がシャトルファングの最高幹部クラスであるなら、これ以上、物理的防御力に乏しい彼女に現場の捜索を任せるのはリスクが高すぎる。

 そもそも、彼女が本部から直々に動いている時点で、何処かのギルド運営に深刻なエラーを吐き出している案件なのだ。

 ここから先は裏の掃除屋ソティラスとしての、自分の仕事だろうと、グレンの思考は冷徹な〝仕事モードへと切り替わった。

 

「さっすが、我輩の頼れるにぃ様なのにゃ! 相変わらず決断が早くてカッコいいのにゃ!」


 と、チャミィが甘えた声ですり寄ってくる。

 どうもグレンは、彼女のこのあざとい距離感が苦手だった。情報屋として他人から機密を引き出す為の手段として骨の髄まで染み付いているのだろうが、人を誘惑するような態度があまりにも露骨で不自然だ。

 これでも、他人には〝その時しか〟記憶に留まらず、後になれば存在ごと忘却されるのだから、ケットシーとはなんとも都合の良い種族だ。


 とりあえずギルドへ戻る途中だったグレンだが、この先には丁度アリアが滞在している宿がある。

 赤毛の人間なんてこのルウラには珍しくもないが、一応、彼女の顔を見て生存確認だけでもとっておこうと、グレンは早足でアリアの宿へと向かって歩き出した。

 その胸の奥底で、風の精霊がチリチリと不吉な警鐘を鳴らしている事を感じながら────。


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