二隻の大型船
正直、そんなに人数が必要な事でもないのだが。
用意万端で現れたフィルネを断る理由もなく、結局三人でマリンルーズへ行く事になった。
アリアの手伝いでありながらも、皆で気軽な旅に出る。という経験が初めてなグレンには、とても新鮮な気分だ。
賑やかな道中を過ごし、三人が港町マリンルーズに到着したのは翌朝だった。
眼前に広がる広大な海は、晴れ渡った空との境界線がわかりづらい程に綺麗な青色だ。
「わぁぁぁ! 凄い綺麗だねぇ。見てグレンくん、海がキラキラしてるよ」
「本当、リゾート地に来たって感じね」
「リゾート……かなぁ? あの、海軍の港を見てたら僕はとてもそう思わないけど」
マリンルーズの港は二つある。
その一つは海軍基地に隣接する専用の港で、そこには、数隻のルベリオン王国の旗を付けた大型船が停泊しているのだ。
「基地から離れたら完全にリゾートでしょ。それよりアリア様は本当に調査目的ですか? ただ、遊びに来たかっただけじゃ……」
「ち、違うわよ。別にグレンくんと二人で海に来たかった、とかじゃ……ないんだから」
「いや、私。そこまでは言ってませんけど」
アリアとフィルネが何かを言っていたが、グレンは一般の港の方を見渡していた。
端の方にアリアが借りたという、1隻の小型帆船がある。十名程が乗れる程度の船だが、それなりに新しい船のようだ。
船の持ち主は、アリアが以前に街に来た時に知り合った人らしく。数日であればと、快く貸してくれたらしい。
これもアリアの人徳だろう。
彼女は結構顔が広く、街で食材を買い込んでる時も度々住民の者に話しかけられ談笑していた。
「とりあえず、積み荷を積み込んで出港しましょう」
「よし行こう! レッツゴー、グレンくん」
「キミ、船なんて動かせたのね」
こうして三人の〝宛の無い〟航海が始まった。
なにせ〝水巫女〟を拐った者が西方大陸に逃げたなんてのは推測の話である。
本当に〝ただの旅行〟になる可能性の方が高いとはいえ、とりあえず三人は沖の方に出る事になった。
海に出ると最初はちょくちょく他の船を見たが、沖に行く程に船影は消え。周囲は、ひたすら同じ景色……というか海しかなかった。
太陽の位置とコンパスを頼りに船を進める。
出港して、半日以上が過ぎた頃。
グレン達は一旦帆を畳み、優雅な時間を過ごしていた。
天気もよく穏やかな海の上で食事を楽しみながら、海面を泳ぐ大きな魚を見てアリアやフィルネはテンションを上げていた。
「二人とも、あんまり海面を覗くと危ないですよ? 沖の方だと〝シー・ドラゴン〟が出ないとも限らないんですから」
グレンは、一体何しに来たんだっけ? と半ば呆れながら、そろそろ別の所に移動しようかと考えていた。
すると。
ふと、東から吹いてくる風の中に僅かな音を聞き取ったのだ。
「ちょっと、二人とも静かに……」
「グレンくん、どうかしたの?」
「何? 脅かさないでよね。どうせ、ドラゴンとか言うんでしょ」
グレンの耳には、風に乗って運ばれてくる音がいち早く聞こえていたが。
アリアとフィルネの耳に〝それ〟が届いたのは、少し後だった。
「これって、爆発音……?」
アリアの言葉にグレンは頷く。
フィルネは「どういう事?」っとまだ理解していなかったが、グレンは直ぐに爆発音の方に向けて強めの風を吹かせた。
海上を移動していると、正面に二隻の船影が見えてきた。
しかも、二隻は見る見る大きくなる。つまり、その船はこっちに向かって凄い速度で移動してるのだ。
「何処の船が近付いてきてるの?」
フィルネが心配そうな顔で呟いたが、グレンにもまだわからない。
だが、この船に向かって来てるというよりも、二隻が〝追いかけっこ〟してるようにも見えるのだ。
何にしても、このままではグレン達のいる場所を通過するだろう。
向こうは大型船なのでグレン達の小さな船では、衝突されたら木っ端微塵になる。
衝突されなくても、あの速度で真横を通過されたら航走波に巻き込まれて転覆する可能性もあるのだ。
「二人とも掴まって。急いで移動するよ」
グレンは直ぐに風を操り、旋回行動に移る。
何とか相手の予想航路位置から外れた頃、その大型船の全容が見えてきた。
先頭の船にはガーゴイルの船首像があり、帆には二本の剣に刺される狼の絵がかいてあった。
その悪趣味っぷりから〝海賊船〟であろう事が伺える。
追いかけているのは軍艦のようだ。
帆に描かれた模様は、中央大陸の最西端に位置する国、マールーン公国の紋章である。
そして、グレンの予想通り。
二隻の大型船は凄い勢いでグレン達の船から百メートル程離れた所を、航走波を残しながら通り過ぎて行く。
少し遅れてグレン達の船は激しく揺らされた。
移動していなかったら、衝突していただろう事は明白だった。
アリアが船の縁に掴まりながら「あの船、何処の?」と、緊迫した表情を見せる。
「あれは多分、海賊船ですよ。それを追ってるのがマールーン公国の軍艦ですかね……」
「中央大陸の国の軍艦が、どうしてこの海域を?」
それがグレンにも謎だった。
ここは沖だが、まだ中央大陸からは遠い。ルベリオン王国の船ならまだしも。
マールーン公国の軍艦が西方大陸の海域を移動してるのは珍しい。
それより、あの速度で移動していれば数時間で西方大陸に着く事になるだろう。
そうなるとマリンルーズの王国海軍も動くので、あの海賊船は挟み撃ちになる。
「追いましょう。あれがアリアさんが予想した通りの船なら、もう協力金は貰えそうにありませんけどね。少し飛ばしますよ」
「え? いきなり何よ」
「ち、ちょっと、グレンくん!?」
グレンは直ぐに強力な風魔法を帆にぶつける。
船が一気に加速した為、アリアとフィルネが慌ててグレンにしがみついた。
普段のグレンなら、二人の女性に密着されている状況に戸惑っていた所だろう。
しかし今は、先にいる二隻の船の事が気になって頭の中は冷静そのものだった。
何故だかわからないが〝嫌な予感〟がしたのだ。
グレン特有の〝風〟の知らせである────




