港町へのバカンス?
アリアとの作戦会議の結果、出立は三日後と決定したため、グレンはその日から五日間の有給休暇を申請する事にした。
ルウラ冒険者ギルドの支店長──マルクス・レペットに直接報告を上げると、彼は何の問題もなく即座に承諾のハンコィラス〟の特権階級として、場合によっては事後報告の無断欠勤すらシステム的には許容されている身なのだ。
それよりも、重要な問題が一つある。
グレンが長期間ギルドを空ける事に関して、強固な壁となってストップをかけてくる存在は、支店長のマルクスではなく、一介の受付嬢であるフィルネなのだ。
ナルシーからの騎士団勧誘も、今回の海軍への従軍要請も。まるで彼女がグレンのスケジュール管理権限を握っているのかと錯覚する程に、頑なに拒否の姿勢を崩さない。
もっとも、面倒事が嫌いなグレンとしては防波堤になってくれて非常に助かってはいるのだが。
今回も一応、ギルドの戦力を空ける行為には違いないので……と、グレンは重い足取りでカウンターに向かい。山積みの書類を処理している、童顔に金髪ショートヘアーが似合う小動物系の女性──フィルネに対して、慎重に〝御伺い〟を立ててみる。
「あのぉ、フィルネさん? 今度、ギルドを数日ほどお休みしようと思うんですけど」
「……へぇ、そうなんだ。で? なんでわざわざ私にそれを報告するわけ?」
「え? いや、まあ……フィルネさんは、僕がギルドを空ける事に関して、いつも強固に拒否するじゃないですか。だから念のため」
グレンの言葉に、フィルネのペンの動きがピタリと止まる。
そして、心なしかプルプルと肩が震えているようにも見えるし、色白の顔もうっすらと赤みを帯びている。
(……やはり、休もうとする事に怒っているのか?)と、コミュ障特有の斜め下の分析でポリポリと頭を掻くグレンに対し。フィルネは深呼吸をして、意外と冷静な手つきで書類整理を再開しながら答えた。
「……なによ。それって、まるで『私がキミを必要としてる』みたいに聞こえるじゃない。ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」
「いや、そんな傲慢な事までは思ってないですけど。ナルシーさんの要請の時も、いつも頑なに僕の外出を阻んでくれますし。ってまぁ、僕としては非常にありがたい事なんですけど」
「べ、別に数日くらいの有給消化で私が文句を言う筋合いはないわよ。……何か、特別な用事でもあるわけ?」
「ああ、うん。アリアさんと一緒に、東の港街『マリンルーズ』に行く予定がありまして」
サラサラと動いていたフィルネの手は再び完全に停止し、顔もあげずに前髪の影からボソリと呟いた。
「……何それ。マリンルーズって、あの有名なリゾート地じゃない」
「リゾート? 環境的に言えば、あそこは大型軍艦が停泊する『王国海軍基地の重要拠点』という印象の方が強いですけど……」
「いや、どう考えてもリゾートでしょ……!」
「そ、そうなのかな?」
「そうよ! どこまでも広がる青い海が綺麗で、ロマンチックな良い宿も海沿いにいっぱいあるしさ! へー、そう。バカンスってわけ? 一生懸命働いてる人に仕事を押し付けて、自分は美女とバカンスってわけね? 随分と良い御身分だわねッ!」
急激に沸点を超えて不機嫌になるフィルネに、グレンは激しく狼狽した。
(……完全に何か見えない地雷を踏み抜いたようだ)と、論理的思考を回すが、特にコンプライアンスに反する変な事を言った記憶は見当たらない。
「いや、遊びじゃなくて一応、仕事……というか調査なんですよ。怪しい船の動向を探る為に、少し海に出るだけで」
「く、クルージング……なのね! 男女二人きりで……そう。もう勝手にすれば!? わ、私には全く関係ないんだからッ!」
「な、何かやっぱり、僕に対して怒ってませんか?」
「怒ってないわよ!!」
ドンッ! とスタンプを叩きつけ、フィルネはカウンターの奥へと足早に去って行った。
明らかに激怒しているようだが、これ以上は下手に言葉をかけない方が生存確率が高いと、グレンの中の〝感〟が〝絶対的危険〟を知らせてくる。
(とりあえず、休みを取るという『報告』は完了したわけだし、手続き上の問題はないだろう)と、グレンは強引に自分を納得させた。
よくよく考えて見れば、ナルシーからの重要な国家要請は断ったのに、アリア個人の非公式な依頼で海に出るのだから、ギルドに対して若干の罪悪感を感じる所ではあるが。
これはソティラスとしての裏の仕事であり、労働基準法に則った休暇でもある。プライベートな行動なのだから誰に気兼ねする必要もないと、そう自己完結させながら。
グレンは休みまでの残りの出勤日を、ひたすら地味なデスクワークに打ち込んだ。
有給を貰う罪悪感を少しでも打ち消すように、ソティラスの裏仕事も一件スマートにこなし、普段は避けている面倒な雑用や、極度に苦手な窓口接客も珍しく積極的にこなした。
……まあ、当のフィルネは最終日まで一言も口を利いてくれなかったが。
────そして、波乱の予感を孕んだ休日の朝が訪れた。
アリアが寝泊まりしている宿屋の一階、併設されたレストランで待ち合わせをしていたグレンは、指定時間より少し早めに到着し。
軽くコーヒーを飲んで胃を落ち着かせていると、二階からアリアが軽い足取りで降りてきた。
「おはよう。お待たせ! グレンくん」
「おはようございます、アリアさ……ん?」
アリアの姿を視認した瞬間、グレンの目は点になった。
普段から冒険者にしてはお洒落着に近い機能的な格好をしている彼女だが、今日はより一層に私服というか、完全に街に遊びに出るような垢抜けたコーディネートである。
いつもより明らかに生地が薄く涼しげな素材であり。何より、胸元が不用意に大きく開いており、全体的な肌の露出面積も防具としての機能を完全に放棄しているレベルで多めである。まるでこれから本当にバカンスへ行くかのような〝非武装状態〟だ。
「ど、どうかな? 変じゃないかな?」
「へ、変ではないです。ただ、随分と普段の冒険者スタイルとは雰囲気が違いますね……。物理防御力が著しく低下しているように見えますが」
「あ、うん。ほら、今回は別にモンスターと戦闘するつもりは無いし、港街での潜入調査だから、一般人に溶け込む為よ」
「ま、まあ。名目的にはそうですよね。目立つ武装は避けるべきだ。では、行きましょうか」
(……少し目のやり場に困るな)と内心で毒づきながらも、グレンはアリアと共に、ルウラの東門へ向けて歩き出した。
極度のコミュ障であるグレンでも、アリアやフィルネなど一部の『バグを許容してくれる人間』とは普通に会話のキャッチボールが出来る程には成長している。
これからの海軍基地での行動計画を話し合いながら、二人は東門からルウラの街を出た。
このまま少し急ぎ足で歩き続ければ、明日の朝には問題なくマリンルーズに到着するだろう、などとタイムスケジュールを計算していると。
街道の少し先の木陰に、一人の人影が立っていた。
その人物との距離が徐々に近付き、全容が完全に目視できた途端。グレンとアリアの思考は同時にフリーズした。
「……ふえ? ふ、フィルネさん!?」
「はえ!? フィルネ……な、何でここに?」
グレンとアリアは完全に不意のエンカウントを食らった顔で、口から「ふえ」だの「はえ」だのという、妙に腑抜けた情けない効果音を漏らす。
腕を組んで少し膨れっ面をしているフィルネは、普段のギルドの制服とは全く違う。
これまたアリアに対抗するかのように比較的薄着の、完全にリゾート地へ遊びに行くような気合いの入った格好で、お洒落な旅行カバンを一つ提げて仁王立ちしていた。
「……仕方ないから、私も有給休暇を取ったのよ。一応、ギルド関連の仕事なんでしょ? だったら、私もギルドの正規従業員として付き添うべきだと〝論理的に〟判断してね」
(『休み』なのに『従業員として付き添う』とは、一体どういう論理だ?)
グレンはフィルネの破綻したロジックに疑問を感じて、顔を引きつらせて苦笑いする。
「いや、フィルネさん? 調査の仕事はアリアさんの方で、僕自身はあくまで個人的なサポートであって……」
「クルージ……じゃなくて、密航船の調査でしょ? 概要は知ってるわよ。っていうか、アリア様。その胸の開いた格好は何ですか? どう見てもリゾートに遊びに行くような浮かれた感じですが。聖女としての自覚が足りてないんじゃないですか?」
「あ、あなたも人の事言えない似たような格好じゃない! っていうか、ギルドの窓口を二人も同時に休んで、営業回るわけ!?」
アリアの極めて真っ当なツッコミに対し、フィルネは一瞬だけ「ギクッ」と少し罰の悪そうな顔をしたが。直ぐに腹を括って開き直ったように言い放った。
「良いんです。どうせ彼は、普段から窓口にいても最初からいない(空気)ようなもんだし。彼が抜けたところでギルドの業務には影響はありません。つまり実質、有能な私一人が休んでいるのと同じ計算になりますから!」
その暴論の極みのような言葉に、グレンは冷ややかな目で思う。
──だったら何故、毎回僕がギルドを空ける事にあんなに強固な拒否反応を示していたのだろうか……と。
フィルネの難解なアルゴリズムは、未だにグレンの思考回路では解析不能のままであった。




