南方の事件
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西方大陸の北東に位置する最大の国家【ルベリオン王国】。その心臓部たる王都【ルウラ】は、血と欲望と金貨が入り交じる商人や冒険者の往来が極めて激しい。
そんなルウラの一等地に構える冒険者ギルドは酒場に隣接している事もあり、毎日むさ苦しい冒険者達の熱気でごった返している。当然、その応対を処理する従業員達は、ブラックな労働環境下で毎日慌ただしく店内を走り回っているのだが。
そんな喧騒の中、従業員という名の歯車の一人であるグレン・ターナーは、珍しく掲示板の前で特定の冒険者と〝雑談〟という名の情報交換を行っていた。
「────それで、誘拐された〝水巫女〟ってのは、年齢的にはどれくらいなんですか?」
グレンが尋ねると、赤毛の女性冒険者──アリア・エルナードは少し視線を上に泳がせてから自信無さげに答えた。
「うーん。確か、十三とか、十四とかだったような気がする」
「なるほど。それは誘拐犯にとっては最悪の積荷ですね。自我も知恵も発達しきっている年齢だ。街の中に隠して連れ回すには目立ちすぎるし、人前で助けを叫ばれたらその瞬間に詰みです」
「そう、そうなの! だから私は思うんだぁ。警備の目が行き届いている中央大陸を避けて、あまり聖王国の手が回っていないこの辺り(西方大陸)か、東方大陸へ逃げるんじゃないか? ってね……」
そのアリアの何気ない考察に、グレンの論理的思考回路が小さく警鐘を鳴らす。
何故なら、王国最強の頭脳たる騎士団長ナルシーから、たった二日前に全く同じプロファイリングを聞かされていたからだ。しかも、その事は国家機密に抵触するため『口外無用』と釘を刺されていた。
「な、なるほど。実に鋭い考察ですね。……で、それがアリアさんが唐突に港街【マリンルーズ】へ行こうと言い出した理由と、僕をそこに同行誘致する事と、一体どういった因果関係が?」
グレンの理詰めの質問に対し、何故かアリアはひどく動揺し、目を泳がせながらしどろもどろに答えた。
「え、あー、ほら。まあ、なんだろう。もし西方大陸に近付いたと仮定した場合、沿岸警備の様子を見ずに直ぐに上陸は出来ないと思うのよ。そうなると、海上でほとぼりが冷めるまで上陸タイミングを伺うんじゃないかなって思って。
なら、海上に停泊している怪しい船を自力で探す事が、事件解決の決定的な手掛かりになって……莫大な〝情報協力金〟が貰えるかなぁって思ったの! それで、グレンくんって風魔法の出力が可笑しいじゃない? 帆船を走らせる動力源としては最適なんじゃないかな……なんて思ったりして!」
アリアの早口のプレゼンは、論理構成としては間違っていない。……筋は通っている。
だが、グレンの人物プロファイリングにおいて、それは致命的な矛盾を孕んでいた。あの自己犠牲の塊であるアリアが、〝金銭的報酬(情報協力金)〟を目当てに行動するなど、絶対にあり得ないからだ。
ギルドの正規依頼の〝報酬〟すら全く気にせず、常に他者の命を最優先する彼女が、はした金の為に海へ出るはずがない。
(……嘘をつくにしても、もう少し自分のキャラ設定を守ってほしいものだけど)
彼女はただ純粋に、誘拐された見ず知らずの少女を助けたいだけなのだろう。
「まあ、そうですね。確かに僕の魔法なら、風を操って船を高速駆動させる事は容易に出来ますけど。僕にもギルドの業務が……」
「ほら、でも! 最近はグレンくんもギルドからちゃんとお休みを貰えるんでしょ?」
「あ、はい。まあ……そうですが」
かつてのグレンには『休日』という概念自体が実装されていなかった。
毎日掲示板をボーッと眺めているだけの〝ろくに働きもしない給料泥棒に、休みなどという特権は必要ない〟と、周囲の従業員から冷たい視線を向けられていたからだ。
だが本来、ギルドの労働規約では週に一日の休暇が保証されている。もちろん稼ぎたい者は出勤しても良いのだが。
そして最近では、他の従業員から「今まで殆ど休んでなかったし、まとめて休んではどうか?」と、気味の悪いほど優しい気遣いの言葉を掛けられる事が多い。
以前は二、三日ギルドを空けただけで〝普段からサボってるくせに〟という刺すような視線を感じていたというのに。
これも全て、あの強化ゴブリン事件を裏で解決して以降、周囲の自分に対する〝評価〟が反転した結果だろうと、グレンは自己分析している。
「それにしても。アリアさん、本当はお金が目当てじゃなくて、純粋にその誘拐事件の被害者を助けたいだけでしょ?」
「え、ええっと……! まあ。そ、そんなわけでは……ない事もないけど……」
アリアは本当に、嘘が下手で心の優しい人間だ。誤魔化す必要など微塵もないのに、なんとも健気で愛おしいと、グレンの非論理的な感情が囁く。
どのみち、この世界的誘拐事件については、グレンも情報収集を行っていた。
南方大陸の大国で聖女の血を引く娘──〝水巫女〟と呼ばれる最重要VIPが拐われたという一報は、この西方大陸でも前から噂になっている。
それから暫くして、当のセルシアクベイルート聖王国は、その不祥事を正式に認めて世界中に情報提供を求めたのだ。
有益な情報には莫大な〝情報協力金〟が支払われ、解決に至った場合は聖王国から莫大な報酬が与えられるというのだから。
世界中の冒険者からすれば、夢のような特大の〝ボーナス案件〟である。
というわけで最初は大変に盛り上がったのだが、数週間経った今、少なくとも西方大陸では完全に熱が冷めつつもあった。
理由は単純。あまりに情報が無さすぎるから。
何処へ逃げたのかも、犯行グループの規模すら不明な状態では、雲を掴むような話だ。そもそも、地政学的に西方大陸へ逃げて来る可能性すら、一般的には低く見積もられている。
「ねえ、グレンくん……どう、かな?」
「……ああ、はい。わかりました。そんなに長期間は協力出来ませんが。この際なので時間を作ってみます」
「ほ、本当!? やったぁ!!」
その場でピョンピョンと無邪気にはしゃぐアリアを見て、グレンの口元から思わず自然な笑みが溢れる。
(……本当に、可愛い人だ)などと、柄にもない事を思ってしまう程に。
それにしても、アリアの直感的な読みは、軍略家のそれに等しいほど鋭い。犯人が未だ南方大陸に潜伏している可能性を省けば、逃走ルートは海上のみ。
では西か、東か、中央か。
聖王国は南方大陸の北西に位置する。各国の海軍が血眼で警戒している中央大陸との海峡を東へ進み、東方大陸へ向かうより。西方大陸に向かって北上する方が、他国の哨戒船に捕捉されるリスクは低い。
北方大陸へ逃げ込めれば完全な隠れ蓑になるだろうが、それには長期航海による致命的な食料・真水問題が立ち塞がる。南から北極圏へ一気に向かうには補給基地が存在しない。
西方経由で向かうにしても、どこかで必ず補給は必要になるだろう。
どちらにしても、嵐を乗り切れる大型船でなければ航海は不可能であり、あまり目立つ船での寄港は自殺行為。
となると、アリアの推論通り。
追っ手の警戒の網の目を縫う為にも、海上の死角で長期間の停泊を行う可能性は、論理的に極めて高い。
と、まあ。これはグレン独自の推論というより、ナルシーの完全な受け売りであり。事実、ナルシーからも全く同じバックアップを頼まれていた。
もっともナルシーの場合は、犯人が海上を移動するにあたり、現地の〝海賊〟を運び屋として雇っている可能性を危惧しており。
海戦になった時の特大火力として『王国海軍に協力しないか?』という、国家レベルの軍事要請だった。
しかし、海軍の軍艦に乗り込んで海上に長期間滞在するという非現実的なスケジュールだった為、受付のフィルネが「ギルドの業務に支障が出ます!」と頑なに認可しなかったのだ。
西方最強のナルシーでさえ、何故か一介の受付嬢であるフィルネを苦手としており、彼女に凄まれるとすごすごと出直すのは毎度のコントであった。
──そう言えば。僕がアリアさんに同行して休みを取るにしても、結局はあのフィルネさんに許可を貰う必要があるのではないか?
論理的な計画の最後にして最大の障壁に気付き、グレンの胃の腑は今更ながらに重くなるのだった。




