最悪の船
バルドロフの太い首元に当てたシミタ-を、小刻みに揺らして冷たい金属の感触を味あわせながら、「ほれほれ」と嗜虐的に煽りつつ。ビリディは周囲で戦意を喪失している他の海賊達に、極めて理不尽な命令を下す。
「よーし、お前ら。命が惜しければ全員、今すぐ武器を置いて海へ飛び込め」
船長という最大の人質を盤面に押さえられては、流石に言う事を聞くしかなく。武装解除した海賊達は、次々と恨みがましい視線を向けながら海面へ身を投じていった。
「くそっ! 覚えてろよ、てめえ!」
「絶対にこの恨みは晴らすからなッ!」
「お、俺は金槌なんだよぉ! 」
各々が三下らしい台詞を吐きながら、十メートルは高さがある船の縁から飛び降りる。
恐怖で躊躇してなかなか飛ばない奴は、背後からロゴスが容赦なくオールで尻をフルスイングでぶっ叩き、物理的な推進力をもって強制的に海へ叩き落とした。
「安心しろ。お前らには、俺たちが乗ってきたあの豆粒みたいな船をくれてやる。まぁ、定員オーバーで半分は泳ぐ事になるだろうが、心配はいらねぇよ。あのボロ船もどうせ陸に着く前に沈むだろうからな。運良く近くを誰かが通る事を祈るんだ。……もっとも、こんな海賊の群れを拾ってくれるお人好しな船があれば、の話だけど……」
全員がダイブしたのを確認したビリディは、最後にバルドロフの襟首を掴んで船の縁まで引きずり行き、海へ蹴り落とす寸前で一旦動きを止めて訊ねた。
「ほら、後はお前だけだ。飛ぶ前に何か言いたい事はあるか?」
「お、お前……! この船を襲った事を、後で絶対に後悔するぞ!」
「あー、はいはい。負け惜しみがすぎるぜ。じゃあお前は、この船の船長だった事を後悔しながら、残りの航海は満員のボロ船で仲良く楽しんでこい……あばよッ」
と、バルドロフの巨大な尻を蹴り飛ばし、無慈悲に海へ投下した。
海面にポツンと浮かぶ小型帆船に、群がるアリンコのような海賊達へ向けて大きく手を振って別れを告げる。その後、船室等のクリアリングを終えたロゴスに振り返って言う。
「よし、ロゴス。船に物理的な異常は無いか? なら、さっそく船を風に乗せるぞ。このまま目的地の西方大陸へ全速前進だ!」
「ざっと見た所、航行に問題はありませんが。……若、せめて水夫を何人か残してこき使った方が良かったんじゃないですかね? たった二人でこの巨大な帆船の動力を維持して操舵するのは、物理的にかなりの重労働ですよ」
「大丈夫、大丈夫。気合いで何とかなるって。あんなガラの悪い連中を乗せたまま寝たら、寝首を掻かれるリスクが高すぎるからな」
相変わらず論理的思考をすっ飛ばす楽観的なビリディに対し、ロゴスは深いタメ息を吐きながらも、テキパキと出航の準備を始めた。
ビリディも手動でロープを引いて帆を張り、海面で醜く罵り合いながらバタバタと溺れかける海賊達と小型船を完全に置き去りにして。ビリディ達の〝新たな船〟は、ゆっくりと大海原を滑り出した。
魔法の風に乗り、順調に海原を突き進む大型船だったが、二時間程航行した所でビリディ達は一旦、帆を畳んで船を停泊させた。
貨物室や食料庫の物資チェックと、待ちに待った『まともな食事』を摂るための停船だ。
何せ乗員が二人しかいないので、この大型船を走らせたまま、二人揃って船室の奥へ入り込むのは海難事故のフラグでしかない。
甲板からハッチを降りると、船内は予想以上に広大な空間が広がっていた。
制圧直後に、隠れている海賊の残党がいないかはざっと索敵していたのだが。その時は、積み荷の中身までは詳しく調べていなかった。
ビリディはとりあえず、食料庫で見つけた干し肉と固いパンを貪り食いながら、ロゴスと二人で貨物室の積み荷の木箱を次々とバールでこじ開けていたのだが。
驚く事にこの船には、海賊の略奪品というスケールを逸脱した、大量の金銀財宝と『軍事用レベルの武器』が満載されていた。
「おいおい、こいつはスゲェな。どうりで末端のザコまで鉄砲なんて高価な代物を標準装備してたわけだ。それにしても、この桁違いの財宝……。この船、一体何処の船を襲ったんだろうな」
「……若、これは冗談抜きで、触れちゃいけない面倒な船を奪っちまった可能性が高いですよ」
ロゴスの言う通り、確かに、その辺のケチな海賊船が積むようなシロモノではなかった。
財宝もそうだが、新品の武器の量が異常だ。まるでこれから一国の軍隊を相手に『戦争』でも始めるかのような重武装のラインナップである。
だが、今のビリディにはそんな政治的背景などどうでもいい。
大量のお宝に目を輝かせ、興奮気味に木箱を漁り続けていると、突然すぐ横でロゴスが「うわぁぁッ!」と間抜けな絶叫を上げた。
ロゴスの目の前には、大人二、三人が楽に入りそうな程に一際巨大で、厳重な装飾が施された木箱が鎮座している。
「どうした、ロゴス? ネズミでも出たか?」
「違いますよ! これ……不可視の『魔力結界』が何重にもかけられてます。気付かずに触れていたら、結界の反発で危うく両腕を吹き飛ばされる所でしたよ」
「ほう、なるほど。では、俺の出番というわけだな」
冷や汗を滝のように流して後ずさるロゴスを横目に、ビリディは無造作に歩み寄り、アッサリと木箱の留金具に手をかける。
魔力結界とは、その結界に触れた者の体内に流れる微弱な魔力に反応し、それを逆流・暴発させる事で対象を破壊する凶悪な〝罠〟の一種だが。
ビリディには、生まれつき体内に『魔力』という概念が一切存在しない。
その代償的変異として、肉体の筋力や反射神経、動体視力といった物理スペックがあらゆる面で常人を凌駕しているのだが。
とにかく。体内に魔力が1ミリも存在しないという事は、魔力をトリガーとする魔力結界のセンサーには『ただの無機物』として判定され、当然トラップも起動しないという理屈である。
ビリディは、厳重な封印など無かったかのようにアッサリと蓋を開き、中を覗き込んだ。
そして、思わず絶句したのだ。
箱の中には大量の真水と高級な食料、そして────鎖に繋がれた〝少女〟が、膝を抱えて入っていた。
少女は、夏の抜けるような空を思わせる〝蒼色〟の少しクセのある長い髪と、この世界にあるどの大陸の人種の特徴にも当てはまらない、神秘的な〝金色の瞳〟を持っていた。
年齢は十代前半くらいだろうか。
その少女は、箱の上から影を落として覗き込んでいるビリディを、光を失った虚ろな金眼で見上げていたのだ。
服装は汚れの目立ついたって普通の白っぽいワンピースのようだが、彼女の細い首から下がるペンダントが、その身分の異常性を強烈に主張してきた。
キラキラと高価な宝飾がちりばめられた、一見大きめの豪華なメダルだが。それに刻まれていた精緻なレリーフは、南方大陸を絶対的に統べる宗教国家──【セルシアクベイルート聖王国】の王族の紋章に間違いなかった。
「……おいおいおい、こりゃ最悪の船だ」と、ビリディは頭痛を堪えるように己のひたいを強く押さえる。
それを見てロゴスも「何事ですか?」と恐る恐る箱の中を覗き込み、一瞬にして言葉の機能を喪失していた。
南方大陸の絶対的覇者〝セルシアクベイルート聖王国〟は、大昔、『セルシート』『アクア』『ベイサイド』『ルートリア』という四つの独立した国家だった。
それが二百年程前に統合され、一つの巨大な宗教国家となった歴史があり、その背景には、当時の南方大陸を数十年間にもわたって苦しめた〝未曾有の大干ばつ〟という環境災害がある。
大地はひび割れて枯れ果て、水と食料の供給システムは崩壊。やがて四つの国は飢餓と戦争により、どんどん人口を落とし、滅亡の淵に立たされていた。
しかし、ある日。ルートリア出身の一人の女性が、理を無視した奇跡の力で南方大陸全土に『恵みの雨』を降らせ、干ばつを完全に終息させたのだ。
それから人々は彼女を〝神の代行者〟として崇め、畏怖と共に〝恵みの聖女〟と呼んだ。
その後、生き残った四カ国の民が彼女の元に寄り添い、一つの統一国家として再建。その頂点に〝恵みの聖女〟が、絶対的な権力を持つ『聖王女』として座した事で、現在のセルシアクベイルート聖王国が誕生した。
その奇跡の聖女の血を引く一族。
つまり、聖王国の王族だけが所持を許されるのが、目の前の小汚い少女が身に付けている、その紋章を刻んだ特注のメダルなのである。
「……若。これ、どうします?」
「どうするも何もねぇ。この特徴的な青髪といい、聖王国の本物の紋章といい、間違いねぇだろ。こいつは、文字通りの特大の〝外れクジ(ジョーカー)〟を引いちまったな」
「とりあえす、無難に聖王国の領土に寄って、この子を保護させたらどうですかね……?」
ビリディの脳裏では、今になってようやく完全に理解していた。あのバルドロフが海へ落ちる間際に『この船を襲った事を後悔するぞ』と呪いのように叫んでいた、その言葉の真意を。
これは海賊程度の積荷のレベルではない。『王族誘拐』という、世界を敵に回すレベルのテロリズム船だったのだ。
「バカ言うな! こんな状況でノコノコ港に入ったら、誘拐犯の実行部隊だと思われて一瞬で殺されるのがオチだ。それに、よく考えろロゴス。俺たちはただの密航者じゃない。悪名高き賞金首〝シャトルファング盗賊団〟の幹部だぞ! どの口で『助けました』なんて言うんだよ!」
つまり、この特級呪物とも言える少女を安全に手放すには、どこかの大陸に上陸してから〝絶対に信用出来る〟誰かのお人好しに、彼女を丸投げして託すしかないという事なのだ。
もっとも、国際手配されている大悪党であるビリディの言葉を、無条件で信用してくれるような『都合のいいお人好し』がいれば、の話である────。




