南方大陸の事件
◇◇◇◇◇
西方大陸の北東に位置する【ルベリオン王国】は、西方大陸でもっとも大きな国だ。
その王都──【ルウラ】は、商人や冒険者の出入りがとても激しい。
そんなルウラにある冒険者ギルドは、酒場に隣接しており、毎日多くの冒険者達でごった返している。
当然、その応対をする従業員達は毎日慌ただしく店内を走り回っているのだが。
そんな従業員の一人、グレン・ターナーは掲示板の前で冒険者と〝お喋り〟していた。
「────それで〝水巫女〟ってのは、何歳くらいなんですか?」
グレンが尋ねると、その赤毛の女性冒険者──アリア・エルナードが少し考える素振りを見せ、やがて自信無さげに答えた。
「うーん。確か、もう十三とか、十四とかだったような」
「なるほど。確かに街の中とかを隠して連れ回せる年齢ではないですね。人前で叫ばれたら終わりですし」
「そう。だから私は思うんだぁ。あまり聖王国の手が回っていない西方大陸か、東方大陸に逃げるんじゃないか? ってね……」
アリアの考察にグレンは少し動揺した。
何故なら、騎士団長のナルシーから二日前に似たような話をされているからだ。
しかも、その事はあまり口外しないようにと言われている。
「な、なるほど。それでアリアさんが港街【マリンルーズ】に行く理由と、そこに僕を誘う事とどう関係があるんですか?」
グレンの質問に、何故かアリアは戸惑いながら答えた。
「え、あー、ほら。まあ、なんだろう。もし西方大陸に近付いた場合、様子を見て直ぐに上陸は出来ないと思うのよ。そうなると海上で上陸タイミングを伺うんじゃないかなって思って。
なら海上にいる怪しい船を探す事が、事件解決の手掛かりになって〝情報協力金〟が貰えるかなぁって思ったの。それでグレンくんって風魔法に長けてるじゃない? 船を走らせるのは得意なんじゃないかな……なんて思ったり」
アリアの説明は、まぁ……理解出来るのだが。
グレンには少し意外だった。彼女が〝情報協力金〟を目当てで動く事が珍しいからだ。
いや。
ギルドの依頼でも〝ギルド報酬〟を気にしない彼女が、協力金の為に手間隙をかけて動くはずがない。
「まあ、そうですね。確かに船を動かす事は出来ますけど。仕事が……」
「ほら、でも。最近はグレンくんも休みを貰えるんでしょ?」
「あ、はい。まあ……」
グレンは休みという概念が無かった。
まあ、毎日掲示板を見ているだけの〝ろくに働かない人間に休みなんて必要ない〟と思われていただろうし。
だが本来、ギルドでは週に一日休んでも良いという事になっている。もちろん稼ぎたい者は出勤しても良いが。
そして最近、他の従業員から「今まで殆ど休んでなかったのだし、休んだら?」と言われる事が多い。
そんな気遣いをされた事が驚きだった。
以前は二、三日休んだだけで〝普段から働かないくせに〟っという視線を感じたくらいなのだから。
これもゴブリン事件の後から、周囲の自分に対する〝見方〟が変化してきた為だろうとグレンは思っている。
「それにしても、アリアさん本当はお金が目当てじゃなくて〝事件〟を解決したいんでしょ?」
「え、ええっと……まあ。そ、そんなわけでは……」
アリアはとても心の優しい人間だ。誤魔化す必要などないのに、なんとも健気だとグレンは思った。
どのみち、この事件についてはグレンも少し気にはなっていたのだ。
南方大陸の王国で聖女の娘──〝水巫女〟と呼ばれる少女が拐われたという話は、この西方大陸でも前から噂になっていた。
それから暫くして、その南方の王国──セルシアクベイルート聖王国は、その事を正式に認めて世界中に情報提供を求めたのだ。
有益な情報には〝情報協力金〟が支払われ、更にそれがキッカケで事件解決に至った場合は聖王国から大きな報酬が与えられる。
世界中の冒険者からすれば他国からの〝王国案件〟みたいなものなので、それは大変に盛り上がったのだが。
それから数週間経った今、少なくとも西方大陸では盛り下がってきている。
あまりに情報が無いからだ。
何処に逃げたのかも、犯人の特徴すらわからないのでは探しようがないので当然なのだが。
そもそも一般的には西方大陸に来る可能性すら、あまり考えられていない。
「ね、どう……かな?」
「ああ、はい。わかりました、そんなに長い事は協力出来ませんが。時間を作ってみます」
「ほ、本当!? やったぁ!」
無邪気にはしゃぐアリアを見て、グレンは思わず笑みが溢れる。
可愛いなぁ、などと思ってしまう程に。
それにしても、アリアの読みは鋭い。
犯人が未だ南方大陸に潜んでいる可能性を省けば、逃げれるのは海上だけ。
では西か、東か、中央かと考えた時。
聖王国は南方大陸北西に位置する為、一番警戒されている中央大陸との間を東に進んで東方大陸に向かうより。
西方大陸に向かって北上する方が、他の船に見つかるリスクも低い。
北方大陸に行ければ良いだろうが、長期航海による食料問題があり。南から行けば補給場所がない。
西方経由で行くにしても補給は必要。
どちらにしても大型船じゃないと難しいので、目立つような寄港は難しい。
と、なるとアリアの言う通り。
タイミングを見計らう為にも、海上で長期間の停泊をする可能性は十分に考えられるだろう。
と、まあ。これはグレンというより、ナルシーの考察であり。実は、ナルシーからも同じ事を頼まれていた。
もっともナルシーの場合は、海上を移動する場合は相手がおそらく〝海賊〟を仲間にしている可能性を考えており。
戦闘になった時の事を考えて『王国海軍に協力してくれないか?』という話だった。
しかし、海軍の軍艦で海上に長期間滞在するという予定だった為、フィルネが頑なに認めなかったのだ。
ナルシーは何故かフィルネが苦手のようで、彼女に言われると一旦出直すのは毎度の事だ。
そう言えば、休みを取るにしてもフィルネに許可を取る必要があるのではないか?
と、ここにきてグレンは思うのだった。




