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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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裏切り

ジェンが血相を変えて奥の石室へと舞い戻ると、そこにはサヴァロンの傍らに控える『異物』がいた。

 通常の強化ゴブリンより一回り以上も分厚い体格。その醜悪な首元には、犠牲となった高ランク冒険者たちの階級プレートが、ジャラジャラと五つも連なって不気味な音を立てていた。


「お、おい。サヴァロン! あいつらが後ろで暴れてるぞ。あれは俺たちに従う兵隊じゃなかったのかよ!」


 怒りと焦燥の半々で食ってかかるジェンに対し、サヴァロンは至極どうでもよさそうに軽く答える。

 その口元は狂気的な歪みを描いていた。


「彼等は確かに忠実な兵隊だよ。ただ、少しばかり腹が減って機嫌が悪いだけさ。少し『上質な肉』を食べさせれば、直ぐにおとなしくなる。可愛い彼等の為に、極上の餌になってくれればいい」

「お、お前何を……って、最初から裏切るつもりだったな!」


 ジェンは己の致命的な失態を悟った。

 この男は、本物の聖女アリアを私利私欲の実験材料として誘い出す為だけに、自分という『手駒』を使い捨ての餌として利用したのだと確信した。


「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。僕に『脱獄の協力をしろ』と持ちかけてきたのは、他ならぬキミじゃないか?」

「ここで、俺の仲間を全員皆殺しにしておいて何が協力だ!」

「いや、だから。ちゃんと協力はするよ? 彼らの腹さえ満たされれば、王都だって予定通り襲撃出来るじゃないか。彼等の肉体も、間接的に作戦に参加できるというわけさ」


 サヴァロンはニタリと下劣な口角を上げる。

 やはり、こんな狂人を信じた自分が愚かだったとジェンは歯噛みする。

 元々、奴隷船の中で兄──ベーチャの合流を待っていたジェンは、兄が捕縛されたという凶報を聞き、直ぐにルウラ近郊の隠れ家へと拠点を移した。

 そして兄を牢獄から奪還すべく、ルウラ市街に冒険者を装った仲間を潜伏させていたのだ。


 しかし、鉄壁の王城を崩す機会などそうそう訪れず、焦燥に駆られていた所に、このサヴァロンという悪魔が現れた。

 彼の〝秘密の実験場〟と呼ばれるこの洞窟へ招かれ、そこで倫理観の欠如したゴブリン実験を目の当たりにした時は、正直「こんなヤバい奴とは関わりたくない」と本能が警鐘を鳴らしたのだが。

 彼はジェンに『確実に城の警備を機能不全に陥れる方法がある』と甘い囁きを持ちかけてきた。


 その準備にはもうしばらく時間がかかると言われたが、兄を救いたい一心で、ジェンはその悪魔の契約に乗ってしまい。その代償として、サヴァロンの計画にも協力した。

 既に賞金首として大々的に手配されているサヴァロン自身には、警戒の強いアリアを単独で誘い出すコネも手段もなかった。

 しかしジェンならば、街に潜伏している素性の割れていない手下を使って、巧妙な罠を張ることが可能だ。

 利害が完全に一致したと思い、ジェンはサヴァロンの描いた台本通りに、偽の依頼でアリアをまんまと死地へ誘導したのだが。

 

「最初から、俺の仲間を餌にするつもりだったのかよ。……今更ながら、兄貴の忠告をバカ正直に聞くべきだったぜ! 『得体の知れない奴には絶対に気を許すな』って、度々耳にタコができるほど言われてたのに……」


 兄、ベーチャは最初からサヴァロンという男の異常性を警戒していた。向こうから美味しい話を持ってくる人間は、完全に信用せず〝程よく〟利用して切り捨てろと、ジェンは教え込まれていた。

 だからこそ今、ジェンは痛感する。


 ──頭の回る兄貴だから、あのイカれた人食いゴブリンを見た瞬間に、サヴァロンに警戒していたのだろう。


 そんな、兄の教えを守れなかった自身の浅はかさをジェンは呪った。全ては、ただ純粋に兄を助けたいという焦りが生んだ盲目だった。


「そう言えば、キミのお兄さんはひどく頭の固い人間だったね。あんなに『僕の兵隊を貸そうか』と親切に提案してあげたのに、不気味だと言って断ったし。だーから、あんな三流冒険者に遅れをとるドジを踏んだのだろうけども」


 ケタケタと腹を抱えて笑い、偉大な兄を小馬鹿にするサヴァロンに対し、ジェンの内臓が煮えくり返るような激しい怒りが湧き上がる。

 だが、既に背後の通路からは、仲間を食い殺したゴブリン達が血の匂いを漂わせて戻ってきている。

 そして目の前には、五つのプレートを下げるさらにヤバそうな異常個体が控えているのだ。ここで怒りに任せて冷静さを失えば、一秒で肉塊に変わる。


 突破口を演算すべく、極限状態の頭脳をフル回転させる。

 ジェンは純粋な腕っぷしだけならば、おそらく兄のベーチャにも勝るだろうという自負はある。

 しかし、あの強化ゴブリン達のデタラメな戦闘力は嫌というほど見せつけられてきた。たった一体を相手にするだけでも致命傷を負いかねない事を。

 

 ジェンの胸中に、自分を騙したサヴァロンへの強烈な復讐心と、仲間達の無念を晴らしてやりたいという怨念が煮えたぎる。

 が、その意趣返しを成立させる為には、何としてでも『一旦この場を生きて逃げ延びる』必要があると結論付けた。

 ゴブリンは生来の特性として、明るい場所では視覚が刺激され、僅かに動きが鈍る傾向がある。

 つまり、分散しているゴブリン達を一旦全て、この最も照明の明るい石室に集結させた方が、通路での追撃を躱して逃げ切れる確率は論理的に跳ね上がるのだ。


「おい、サヴァロンよ。悪いが、俺はテメェの薄汚い実験に乗るつもりは一ミリも無いからな。そして……お前のその顔、絶対に許さねえ」

「おやおや。まさか裏切るつもりかね? そして今更抜けられるとでも?どうやら恐怖で頭のネジが飛んでしまったようだ。キミも餌になるしかないか…」

 

 ジェンは自慢のサーベルを抜き放つ。

 石室へとなだれ込んでくるゴブリン達の重い気配を感じ取りながら、包囲網の中で一番気配の薄い『隙間』を見極め、そこに向かって弾かれたように走り出した。

 立ち塞がる一体のゴブリンの首を狙ってサーベルを振り抜くが、奴らは巨体に似合わぬ異常な反射神経でその一撃を容易く紙一重でかわした。


 だが、ジェンに立ち止まって追撃する気などない。

 すれ違いざまの牽制と割り切り、そのまま洞窟の出入り口の方へと全速力で駆け抜ける。

 その瞬間。背中に、焼け火箸を押し当てられたような熱と、肉を断たれた感覚が走った。

 そこそこ深く斬られたと痛覚が告げていたが、ここで足を止めれば文字通り『終わり』だ。ジェンは血を撒き散らしながら、激痛を無視して走り続けた。


「チィッ! そいつを絶対に逃がすな!!」


 背後から、先程までの余裕を完全に失い、苛立ちと焦りを露わにしたサヴァロンの怒声が響き渡り、ジェンの口元が皮肉に緩んだ。

 それはそうだろう。

 サヴァロンの立場からすれば、ここで手駒のジェンが外へ逃げ出せば、アリアがここへ辿り着く前に接触し、全ての危険を察知されて計画が水泡に帰す可能性があるのだから。

 アリアという極上の餌を逃がす事は、今のサヴァロンにとって何よりも堪えがたい屈辱に違いない。


 ジェンの中に〝意地でも逃げ出して、あいつの計画をぶち壊してやりたい〟という昏い執念が燃え上がった。

 背中からの出血は、わざわざ視認しなくても失血死レベルだとわかる程に酷い。

 脳に酸素が回らず、視界が明滅して足元がフラフラと覚束ないが、それでもジェンは生命力を前傾姿勢に変えて走り続けた。

 そしてついに、洞窟の出入り口が迫る。


 その特殊な扉は巨大な岩石の魔法によって完全に塞がれているが、正規の手順を知るジェンならば、しかるべき窪みにほんの少しの魔力を注ぎ込むだけで開錠できる。

 ほんの少し窪んでいる岩壁の仕掛けの中に、ジェンは血濡れた右手を突っ込んだ。

 そして残された僅かな魔力を放出すると、ガゴゴン……ッという重低音と共に、ただの巨大な大岩が、魔法の動力によってジワジワと横にスライドし始める。


「早く……早く開け、クソが!」


 まだ人一人が通るには半分も開いていない大岩の隙間から、無理やり外の空気へ抜け出そうと身体をねじ込んだジェンの左肩に、追いついたゴブリンの凶悪な斧による新たな一撃が、無慈悲に食らわされた。

 急速に薄れていく意識の底。完全に開いた扉の先から、夜空に浮かぶ冷たい月明かりが、ジェンの血まみれの身体をスポットライトのように照らし出す。


 ──あと少し、一歩踏み出せば……。


外の世界へ足を動かそうとしたジェンの背中に、三度目となる決定的な斬撃が、容赦なく振り下ろされた。

 そして、ジェン・ラーマという一人の復讐者の命の鼓動は、冷たい岩肌の上で完全に沈黙した────


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