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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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歪な兵隊

◇◇◇◇◇


 洞窟の奥深く、魔法の灯りが真昼のような不自然な白光を放つ巨大な石室。

 天然の岩肌が這い回るその閉鎖空間で、血を吸ったような赤黒いターバンを巻いた男──『ジェン・ラーマ』は、雨季の湿気よりも粘り気のある苛立ちを募らせていた。


「ったく。雨季の洞穴なんてジメジメして最悪だ。只でさえ『コイツら』と同じ空気を吸わされてるってのに……」


 ジェンの忌々しげな視線の先には、頑丈な鉄格子の扉。その奥の完全な暗闇からは、「ギィィ」とも「グオォ」ともつかない、およそ生態系から逸脱した気味の悪い呻き声が漏れ出している。


「仕方ないじゃないか。あと少しの辛抱だよ。この余興が終われば、約束通り君の『お兄さん』を助けに行こうじゃないか」


 そう涼しい顔で答える小綺麗な男の態度が、ジェンの神経をさらに逆撫でする。

 そもそも、血と泥に塗れたアジトに、仕立ての良いスーツ姿で現れるという致命的なまでの『場違い感』がジェンには気に入らなかった。だが、文句を言って着替えるようなタマではないし、スポンサーの機嫌を損ねて計画が頓挫するのは御免だ。


「しっかし。あのクソガキ、本当に上手く指定のポイントまで誘導できんのか?」

「やるしかないんじゃないかな? 幼い子供にとって、両親の命を天秤に掛けられるのは、どんな拷問よりも効果的だろうからね」

「趣味が悪ィな。……どうしてそこまで〝あの女〟に執着する?」


 ジェンが問うと、スーツの男──サヴァロンは、酷く歪んだ不気味な笑みを浮かべた。


「彼女が、奇跡を体現する本物の〝聖女〟だからさ。高魔力保持者たる聖女の血肉を食らった時、僕の可愛い子たちがどのような『進化』の特異点に至るのか。僕の知的好奇心は、もはやそこにしか向いていないんだよ」


 (……底知れねぇ狂人だ)とジェンは吐き気を催したが、彼の提供する〝兵隊〟の暴力に頼るしか、地下牢のベーチャを奪還する手立てがない以上、沈黙するしかない。

 そもそも、あの女が聖女だのという話は、大衆の盲信が生んだ都市伝説に過ぎない。以前、ジェン達の与り知らぬ所で一体の〝兵隊〟がルウラ市街で暴走した際、彼女の広域回復魔法が派手だったせいで祭り上げられているだけ。


神など信じない不信心なジェンにとっては「だから何だ」という程度の認識である。

 彼にとって真に脅威だったのは、あの女の奇跡などではなく、たった一体でルウラの防衛網を地獄へと変えた〝兵士〟の理不尽なまでの戦闘力だ。

 あの場に偶然〝西の雷〟が居合わせなかったら、王都の被害は壊滅的だっただろう。しかも、あの個体はまだ『不完全なプロトタイプ』だったというのだから、流石のジェンも開いた口が塞がらなかった。


「ジェンさん。街から戻った見張りから報告です。目標が釣れました。おそらく五時間以内には、例のベイナント渓谷の入り口に到着する手筈です」


 ついに、待ちわびた時が来た。これこそが、ジェンの望んでいた起爆剤だ。


「よし! 野郎ども、入り口付近でアリア・エルナードに最高のサプライズパーティーの準備だ。万が一に備えて〝兵隊〟も控えさせておけ」

 〝兵隊〟という単語に、ジェンの部下達は一様に嫌悪と恐怖を滲ませた顔をしたが、「承知しやした」と短く応え、一斉に慌ただしく動き出した。


「さて、今度こそ、あんたの実験材料は手に入るぞ、サヴァロン。約束通り、兄貴を脱獄させる手はずは整ってんだろうな」

「クックック……疑り深いね。一番警備が緩む深夜帯に、最大戦力をもって王都を物理的なパニックに陥れてやるさ。その隙に、君たちは好きに救出劇を演じたまえよ」

 

 そう言い捨てると、サヴァロンは鉄格子へと優雅な足取りで近づき、ガチャン、と重々しい鍵を外した。

 

 暗闇の奥から、凶悪な武器を手にした二十体もの強化ゴブリンが、ズンッ、ズンッと地響きを立てて光の中へ這い出してくる。

 本能的に剣の柄に手を掛けたジェンだったが、ゴブリン達がジェンやその部下へ牙を剥く気配はない。


「本当に、イカれた〝兵隊〟を完成させやがったもんだ」

「これでも、頭数は随分と減ってしまったんだよ。僕の愚かなパートナーが、つまらないヘマをしてくれたからね。彼の命はどうでもいいが、彼と共に灰になった兵隊たちは……実に惜しい損失だった」


 狂気のクリエイターの顔を覗かせるサヴァロンに戦慄し、ジェンが己の意識を切り替えようとした、その時。

 洞窟の奥から、部下の一人が血相を変えて転がり込んできた。

 

「た、大変です! 誰かがこのアジトに侵入してきました! 先陣を切って向かった連中が次々とヤラれてます!」

「なんだと!? 相手は何人だ!?」

「く、暗くて状況が全く……ッ!」

「チィッ、とっとと始末しろ! こっちは二十人以上の手勢に加えて、兵隊もいるんだぞ!」


 この非常事態にあっても、サヴァロンの表情に一切の動揺は見られない。それどころか、再びゆっくりと鉄格子のさらに奥へと歩を進めていくのだ。


「おい、どこへ行く気だ!?」

「なぁに。僕の『最高傑作』を、長い眠りから起こしにいくだけだよ」

「クソッ。まだヤバいのを隠してやがったか。とにかく、俺は前線の援護に行ってくる!」


 狂人のマイペースに付き合っていられるかと、ジェンは抜刀して洞窟の入り口側へ向かったが、脳内では警鐘が鳴り響いていた。

 このアジトの入り口には、高度な隠蔽魔法が施されている。迷い込んだだけの素人が、偶然に見破れるような粗末な代物ではない。


 (ルウラの街で工作していた連中がしくじって、拠点の座標が漏れたか……?)

 様々な最悪のケースをシミュレートするジェンの耳に、遠くから部下達の断末魔が響く。

 だが、こちらには凶悪な兵隊達が先行しているのだ。数秒でどうにかなるような戦力差ではない……そうタカを括っていた。

 だが、そのジェンの甘い戦術予測は、数秒後に見事に粉砕された。


 先ほどまでやかましく反響していた、部下達の悲痛な叫び声すら、文字通りパタリと『静寂』へと変わったのだ。


「なんだ……? どうなってる?」

 

 松明の頼りない明かりだけが照らす薄暗い通路を、脂汗を流しながら慎重に進む。

 すると、ジェンのブーツが何か柔らかい球体を蹴り飛ばした。視線を落とす。それは、先ほど奇襲を報告してきたばかりの部下の『首』だった。

 ジェンは恐怖に顔を歪め、踵を返して奥の部屋へ逃げるように引き返すが、しかし、背後の暗闇から〝それ〟は無音で追ってくる。

 振り返って確認する余裕など一秒たりともないが、背後の気配と足音で、ジェンは絶対的な絶望と共に確信していた。


 これは、侵入者などではない。

あの絶対服従のはずの〝兵隊〟たちが、裏切ったのだと────

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