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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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お人好しなアリア

ルベリオン王国は、まさに雨季の真っ只中にあった。

 連日降り続く陰鬱な雨は、血の気の多い冒険者たちの活動意欲すらも物理的に削ぎ落とし、必然的にギルドの店内には微かな平穏が訪れていた。


 そんなルウラ支店に、フランシスカとアセナルが出発の挨拶に訪れたのは、もう二週間も前のことだ。

 彼らはグレンの提案通り、一抹の望みを懸けて中央大陸への長い治療の旅へと発っていった。

 彼女の執念と才能があれば、必ずや病という運命すら克服するだろうと、グレンは論理的に確信している。だが、問題は彼女が旅立つ直前に置いていった、極めて迷惑な〝置き土産〟の方だった。


 それは、不可能を可能にしたアリアと、知恵で難題を裏から解決したグレン、そして、主に巻き込まれただけだが、ギルドの窓口として寛大な対応をしたフィルネに対する、大々的な称賛である。

 事もあろうに、それは結婚式に参列した上位貴族たちのネットワークを通じて爆発的に拡散され、やがて国王の耳にまで到達。結果として、三人は王家から直々に表彰を受ける事になり、グレンにとっては致死量の脚光を浴びてしまった。


 それは冒険者やギルド職員として最高の名誉には違いないが、光が強ければ影も濃くなるのが世の理である。

 あの日以来、フィルネは「あの奇跡の受付嬢」として妙な指名や面倒な相談が激増し、個人の仕事量が爆発。表彰によって多少給料は上がったものの、「全くもって割に合わない労働環境よ!」と、毎日怨嗟のタメ息を吐き出している。


 グレンの被害も甚大だった。以前にも増して見知らぬ冒険者から気安く話し掛けられるようになり、元来のコミュ障を絶賛悪化させている上。

 最近では「あのいつも黙ってる従業員、実は裏で糸を引いてる凄腕なんじゃないか?」という、事実無根ではないが極めて際どい噂まで回り始めているのだ。


 おまけに顔が割れすぎたせいで、今までのように打ち切り依頼を裏でこっそり処理しても、完了報告時にグレンだと気付かれるリスクが高まり、下手に動けないという完全なジレンマに陥っていた。


 だが、そんな中で最も深刻な二次被害を受けているのは、以前にも名誉賞を受けているアリアである。

 ただでさえ目立つ彼女は、今回の件で一層の有名人となってしまった。かつて王国案件でナルシーがアリアの参加を指定したような現象が、一般の依頼でも多発している。

 それも「迷い猫を探して(※ただしアリア・エルナード指定)」「庭の草むしりを頼む(※できれば聖女様で)」といった、明らかに〝彼女に会いたいだけの不純な動機〟による依頼が掲示板を圧迫し始めている。


 当然、そんな下心塗れの依頼にアリアが応える義理は一切ないが、問題はそこではない。

 普通の依頼にまで「可能ならアリア指定」と記載されるせいで、他の冒険者がその依頼を請けづらくなり、業務サイクルに深刻なエラーが生じているのだ。

 結果として、仕事を奪われた形になる一部の冒険者からは煙たがられ、指名依頼をスルーされた身の程知らずの依頼主からは逆恨みされるという、理不尽極まりない八方塞がりである。


 実はこの『特定個人への過剰な指名問題』、世界中のギルドで度々発生する構造的バグであり、本部でも〝冒険者の個人指名禁止〟という規約を新設すべきか否か、以前から紛糾しているとか、いないとか。


「……あーあ。私、もう冒険者辞めようかなぁ」


 カウンターに突っ伏し、深いタメ息混じりに愚痴をこぼすアリア。

 それに対し、書類の山と格闘するフィルネは、ペンの動きをミリ秒も止めることなく冷淡に訊ねる。


「辞めてどうするおつもりで? まさか、ギルドで従業員として働くとか寝言は言いませんよね?」

「ああ、それも良いかもね。事務仕事なら安全だし」


 投げやりなアリアの返答に、「おおお、いいね!」と、空気を読まないガイが一人で盛り上がり始めた。


「アリアちゃんみたいな華のある子が受付に入ってくれたら、依頼件数も爆伸びしちゃうねぇ!」

「爆伸びするのはガイさんの鼻の下だけでしょ。仕事を増やさないでください」

「ん? 今、何か辛辣な事言ったかいフィルネちゃん?」

「いいえ、独り言です」


 そんな三人の不毛な会話の傍らで、グレンは空気と同化しながら黙々とフィルネの手伝いをしていた。

 グレンの働く姿を横目で見ながら、「まあ、ギルド従業員も悪くない選択かなぁ……」と無防備に呟くアリア。

 その背中へ向けられた、「……グレンくんの側に居たいだけでしょうが」というフィルネの的確すぎる毒舌は、当のアリアの耳には届いていなかったが、隣で作業していたグレンの聴覚には僅かに拾われており。


 ──え? 今の、どういう意味?

 と思考がフリーズし、仕事の手を止めたグレンの視線の先。

 そこに、アリアの横からひょっこりと顔を出す、一人の少年の姿があった。

 年齢は十歳前後といったところか。泥に汚れた黒いハンチングキャップを目深に被り、着ている服はお世辞にも綺麗とは言えない、スラム育ちの子供のような出で立ちだ。


「あのぉ……。依頼、したいんだけど」

「あ、はいはい! いらっしゃい。どうしたんだい坊主?」


 人の良さそうな笑顔で応対したのはガイだ。

 ガタイがよくて傷だらけの強面だが、中身は善良なナイスガイである彼は、こういった子供の相手にはめっぽう甘い。


「実は……ウチ、親父が鍛冶屋をやってるんだけど。どうしても来週中に、騎士団から発注された剣を仕上げなきゃヤバいんだ。でも、まだ打つのに必要な鉱石が全然足りてないのに、親父が酷い熱を出してぶっ倒れちまって……」


 少年の名は、ルクル。

 依頼の概要は、高熱で倒れた父親に代わって、武具の素材となる鉱石を採掘してきてほしいというものだった。

 父親本人は「冒険者を雇う金なんてねぇ」と頑固に突っぱねたらしいが、ルクルとしては、無理をして鉄を打とうとする父親を見過ごせなかったようだ。


「なんだよ坊主、泣かせるじゃねえか! 父ちゃん想いのいい息子だな! まかせろまかせろ、そんな親孝行な依頼なら、誰かしら喜んでやってくれるはずだぜ!」

「あ、ああ……。でも、実は俺、金がなくて。それで、出来たら俺の小遣いの範囲でお願いしたいんだけど……」


 言い淀むルクルの視線が、チラリと、確信犯的にアリアの方へ向けられた。

 

「そうなんだぁ。キミも、私に頼みたいの?」

「……ねえちゃんはすごく優しくて、報酬の額で仕事を選んだりしない立派な冒険者だって、街の噂で聞いたんだ……」


 (なるほど、そういうタネ明かしか)と、その場にいた大人全員が瞬時に合点がいった。

 相手の善意と名声にフリーライドしようとする、子供特有の残酷なまでの計算高さ。しかし、問題は実際の仕事の難易度とリスクの釣り合いだ。

 ある程度は報酬が見合わなければ、いくらお人好しのアリアとて、ボランティアの慈善事業をしているわけではない。


「必要な鉱石はただの鉄でいいし、そんなに大量じゃなくていいんだ。それを、いつものベイナント渓谷の入り口あたりで採ってきてほしい。……報酬は、この銀貨一枚しか出せないけど」

「ああ、なーんだ。そんなの楽勝だよ! キミの小遣いでしょ、そんなのいらないわよ。あそこなら行った事あるし、お姉ちゃんにドーンと任せなさい!」


 ルクルは、深く被った帽子の下でペコリと小さく頭を下げた。

 (本当にお人好しというか、チョロいというか……)と、誰もが呆れ半分で思ったが、その損得勘定の欠如こそが、彼女が『聖女』と持て囃される理由の一つでもある。


 依頼内容自体は、ベイナント渓谷での鉄鉱石採取。二日もあれば余裕で片付く低ランククエストだ。

 もしアリアがここで突き放せば、この無鉄砲な少年は一人で魔物の出る渓谷へ向かいかねない。それを考慮すれば、タダ働きを引き受けたアリアの判断は、結果的に正解なのかもしれない。


「じゃあ私、さっそく行ってくるね! わざわざギルド通して依頼書なんて作らなくていいよ。明後日には帰ってくるから、ルクルくんはその時またギルドにおいで」


 と、軽いノリでアリアが口約束を交わすと、ルクルはどこか申し訳なさそうにボソリと「……ごめんなさい」と言い残し、逃げるようにギルドを出ていった。


 (そこは謝るんじゃなくて〝ありがとうございます〟だろ?)

 グレンは、他人の善意にタダ乗りしておきながら素直に感謝も述べない、若干生意気な少年の態度に不快感を覚えたが。

 同時に気付いてしまう。うまく人に感謝を伝えられないあの不器用な態度は、自分と同じ重度の『コミュ障』のそれなのではないかと。

 そう分析してしまうと、途端に同族嫌悪と僅かな同情が入り混じり、グレンは途中まで出かかっていた言葉を、グッと飲み込んだ────

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