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【冒険者ギルドのお仕事】 ~冒険者からの売れ残りを片付けているのは〝役立たず〟〝ゴミ箱〟と嘲笑われる最強の従業員だった~  作者: 水城ゆき
第一章

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フェアリーレイズ

奇跡の結婚式から二日。

 ギルドの片隅で、掲示板の依頼書を無感情に眺めていたグレンを、一人の女性が訪ねてきた。

 彼女はグレンを見るなり、深く、そして優雅に頭を下げて感謝の言葉を紡ぐ。

 グレンはコミュ障特有のたどたどしさでそれに応え、丁度アリアとフィルネが待機しているカウンターへと、執事に押される〝車椅子〟の彼女───フランシスカを案内した。


「皆様。先日は私の我儘な結婚式に参列して頂き、誠にありがとうございました。そして、アリアさん。フェアリーレイズ……本当に、ありがとうございました」

「い、いえ。私なんか、そんな……」


 残酷な現実を突きつける『車椅子』という物理的証拠を前にして、フィルネとアリアは明らかに戸惑い、視線を彷徨わせていた。

 全ての魔法が解け、馬車がカボチャに戻ったかのように、今更ながらに冷徹な現実へと引き戻された気分だったのだろう。


「皆様のおかげで私は、人生の最後にとても幸せな経験が出来ました。このご恩は、一生忘れません」


 まるで死にゆく者の最期の別れのようなフランシスカの挨拶を聞いて、途方に暮れるアリアの瞳には、再び色濃い絶望感が漂い始めている。

 今にもその大きな瞳から後悔の涙を溢れさせそうになっているアリアの細い手を取り、フランシスカは慈愛に満ちた声で言う。


「あなたの命懸けのフェアリーレイズは、私の夢を叶えてくれました。ありがとう、あなたは最高の冒険者ですわ」


 そう柔らかく微笑み、フランシスカは更に続けた。


「そうそう。皆様には〝これも〟是非お見せしたかったのです」


 そう言うと、フランシスカは車椅子の両手摺りに静かに手を掛ける。

 その直後、その場にいた全員の思考が一時停止した。

 彼女は、執事の力も誰の力も借りずに、スッと車椅子から〝立ち上がった〟のだ。

 左足の膝から下は当然切断されて存在しないし、長きにわたり車椅子生活だった為に衰えた右足にも、とっくに自重を支える筋力など残っていない。にも関わらず、彼女は空間に直立している。

 否、フランシスカは結婚式のあの時と全く同じように、自力で〝浮遊〟していたのだ。


 数秒の滞空の後、彼女は重力に従ってストンと再び車椅子に落ちるように座った。

 グレンの目は驚愕に見開かれていた。

 ほんの僅かな時間ではあったが、魔法のズブの素人であるフランシスカが、自身の力だけで浮遊魔法を完全発動させたという、常識外れの現実を前にしたのだ。


「ふ、フランシスカさん……今のは」

「ふふっ、私自身も驚いておりますのよ。式までに、これまで何日も血の滲むような練習にお付き合い頂いたでしょう? その時に身体に刻み込んだ魔力の流れと、フェアリーレイズを使用した瞬間の浮遊感覚を、あの日から何度も私なりに脳内で反芻し、再現してみたのです。そうしたらこのように、数秒なら自力で浮かぶ事が出来るようになりましたの」


 フランシスカはまるで「自転車に乗れるようになった」程度の手軽さで言うが、グレンが戦慄したのはそこではない。

 今彼女が行使したのが、完全に〝無詠唱〟の魔法だったという事実だ。

 グレンの構築した魔術理論において。

 詠唱魔法とは、詠唱という名の〝起動式〟に沿って強制的、かつ自動的に、体内の魔力が必要な分だけ抽出・変換され、事象を展開するシステムだ。その代わり、起動式に組み込まれた法則と違うイレギュラーな挙動をさせる事は絶対に出来ない。


 一方で無詠唱魔法は、体内の魔力を自分自身の意識だけで直接弄り回し、ダイレクトに事象へと変換する。

 最大のメリットは起動式(詠唱)というタイムロスがない事だが、どのような魔法になるかは魔力の動かし方という〝感覚〟次第であり、つまりは一切の安全装置がない事を意味する。

 フランシスカは先ほど、一切の詠唱を行わなかった。

 つまり、体内の魔力を〝直接〟操作して、〝浮遊魔法〟を起動したに他ならない。


「お、驚きました。無詠唱魔法を独学で出来る人間なんて、僕の記憶のデータベースでも片手で数えるほどしかいません」

「あら、そうなんですか? きっと、グレンさんのご指導が素晴らしかったのですね」

「い、いえ。それは教え方云々ではなく、完全に才能ですよ」


 ポカンと口を開けているアリアとフィルネに、グレンがその特異性を論理的に解説すると、二人はようやく事の重大さを理解して変な声を上げた。

 ごく稀に、無垢な幼児であったり、極端に不安定な感情でパニックを引き起こした者が、無意識の暴走として発動させる事例は聞いた事がある。

 しかしフランシスカの場合は、明確な意思を持ってハッキリと起動、制御していた。これはもはや〝センス〟という便利な言葉で片付けられる領域ではない。彼女は、間違いなく天才的な素養を持っている。


 (……しかし、そうであるならば)


 彼女の身体を蝕む不治の病、『魔力血栓症』を、論理的に改善する事が可能なのではないか? とグレンの脳細胞が最適解を弾き出した。


「フランシスカさん。これは僕からの提案なのですが……もし可能であれば、中央大陸の『ギルスタイラ帝国』、その帝都『ストルバイト』にある『帝立魔法研究所付属学校』の、『シオン・ハイド』という女性を訪ねてみて下さい」

「あの有名な〝帝魔研〟の付属校ですか?」

「はい。その女性なら、あるいはフランシスカさんの魔力血栓症を、根本から治せるかもしれません」


 魔力血栓症は、体内の魔力が部分的に停滞して凝固することで起こる物理的なバグだ。

 しかし、無詠唱のように意識的に体内の魔力を動かせる才能があるならば。元凶となって血流を塞いでいる『魔力の塊』そのものを、自らの意志で動かして散らす事も、理屈の上では十分に可能なはずだ。

 彼女の努力次第だが、より精度の高い魔力操作技術を習得できれば、彼女は不治の病から〝自らの力で〟立ち直れる可能性がある。


 その為の導きとして、グレンは彼女に提案したのだ。世界で唯一、無詠唱魔法の体系的な研究を行っており、かつて落ちこぼれだった自分に〝それ〟を叩き込んだ恩師の名前を。


「本当ですか……? アセナルはおそらく、私の命が助かる為ならば、どんな事でも受け入れてくれると思いますわ。ああ、これも全て……あのフェアリーレイズが結んでくれたご縁のおかげですね。本当にありがとう、アリアさん」

「い、いえ、実はあれは……!」


 何度も純粋な感謝を向けられ、罪悪感で居たたまれなくなったのだろう。

 ついに耐えきれず、本当の事を告白しようとしたアリアの口を、フランシスカは優しく、しかし有無を言わさぬ笑顔で遮った。


「……本当はフェアリーレイズではないのでしょう? 私だって、御伽噺を信じる子供じゃありませんもの。気づいておりましたわ。ただ、あれは実際に私の一番の夢を叶えてくれた。そして今、こうして未来の病を治す可能性をも引き寄せてくれたのですから。もはや私の中では、あれは紛れもない本物の『フェアリーレイズ』なのです」


 その力強くも優しい言葉に、アリアは憑き物が落ちたような心からの笑顔を見せ、フィルネも安堵したように深く頷いた。

 この瞬間、ようやく全員が、嘘偽りのない心からの『依頼達成』を感じる事が出来たのだ。

 

 思えば、この絶望的な不良債権は当初。

 グレン自身が、論理的思考の末に「不可能」と切り捨て、諦めていたものだ。

 フランシスカが、砂粒のような可能性に懸けて有りもしない薬の依頼を出し。フィルネは〝おとぎ話〟を真に受けてその依頼を馬鹿正直に受理した。

 そして、そんな常識外れの依頼を躊躇いもせず、情に流されて請け負ったアリア。


 しかし、その非論理的な感情の連鎖が、結果としてこのような奇跡のパズルを完成させたのである。

 結局のところ。〝信じる心〟〝諦めない心〟という目に見えない想いの集積こそが、フェアリーレイズという薬の真の正体だったのかもしれない。

 それは誰にでも簡単に出来る事ではないが、本来ならば、誰もが心の中に持っているはずのものだ。


 (……まさに、魔法の理を超えた〝神秘〟だな)


 グレンは己の視野の狭さを自嘲し、一度は諦めかけた己の合理主義を、心の奥底で深く反省した────

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