兵隊達
◇◇◇◇◇
洞窟奥にある巨大な部屋は、魔法の光によって昼間のように明るい。
天然の岩肌が造り上げる独特の雰囲気のその部屋で、血で染めたような赤黒いターバンを巻いた男──ジェン・ラーマは苛立ちを感じていた。
「ったく。雨季になると、この場所はジメジメして最悪だな。只でさえコイツらと一緒だってのに……」
ジェンが向ける視線の先には、鉄格子の頑丈な扉があり、その奥は明かりも無く暗かったが。
その暗闇から「ギィィ」とか「グオォ」という不快な声が響いてくる。
「仕方ないよ。もう少しの辛抱だ、これが終わったらお兄さんを助けに行こうじゃないか」
と涼しい顔で答える小綺麗な格好の男に、ジェンは更なる苛立ちを感じた。
そもそも、一人だけ場違いなスーツ姿でいる事がジェンには気になって仕方なかったのだが。
それを言った所で着替えるわけはないし、機嫌を損ねられても面倒なのだ。
「しっかし。あのガキ、本当に上手くやれんのか?」
「やるしかないんじゃないかな? 両親を殺されるのは誰だってイヤだろうからね」
「どうしてそんなに〝あの女〟に拘るんだ?」
ジェンが訊ねると、その小綺麗なスーツの男は不気味な笑みを浮かべながら答える。
「それは彼女が本物の〝聖女〟だからさ。聖女を食ったら〝あいつら〟は、どんな進化をするのか。僕の興味はそこだけだよ」
まったく気持ち悪い、とジェンは思ったが。
彼の〝兵隊〟に頼るしか、自分の〝兄〟を救う方法がないので仕方なく黙る事にした。
そもそも、彼女が聖女なんてのは噂でしかない。
以前、別の実験場から知らないうちに〝兵隊〟が一体ルウラの街に降りて暴れた事がある。
その時、街の人々を救う為に使われた高度な回復魔法がきっかけで、彼女を聖女と信じてやまない者がいるようだが。
不信心なジェンにしてみれば〝だからなんだ〟という感じなのだ。
それよりも。ジェンには街に降りた〝兵隊〟の強さの方が驚異的だった。
たった一体でルウラを地獄と変えたという。
たまたま〝西の雷〟が来なかったら、ルウラの被害はとんでもない事になっていたそうだ。
しかもその時の〝兵隊〟は、まだ不完全だったというのだから。
さすがのジェンも開いた口が塞がらなかった。
「ジェンさん。街から戻ってきた奴から報告です。女が釣れたみたいですぜ。おそらく五時間以内にはベイナント渓谷に到着するとか」
ついに時は来た。
これこそ、ジェンが待ち望んでいた知らせだった。
「わかった。よし、お前ら! 入り口付近でアリア・エルナードにサプライズパーティーの準備だ。万が一に備えて、兵隊も控えさせろ」
〝兵隊〟と聞いて、ジェンの仲間達は皆一様に嫌そうな顔をしたが「承知しやした」と返事すると、一斉に辺りがバタバタしだした。
「さて、これであんたの願いは叶うぞサヴァロン。約束通り、兄貴を脱獄させる手伝い忘れるなよ」
「クックック、わかっているとも。一番油断する夜中に最大勢力で王都をパニックに陥れてやるから。その隙にキミは好きにしたまえよ」
そう言い捨てると、スーツの男──サヴァロンは、鉄格子の方へとゆっくり歩いて行き。
ガチャンと、その丈夫な扉の鍵を開いた。
暗闇の中からは、二十体ものゴブリンがそれぞれ強力な武器を持ち光の中へと出てくる。
思わず身構えたジェンだが、そのゴブリンがジェンや他の仲間を襲う事はない。
「本当にイカれた〝兵隊〟を作ったもんだ」
「これでも少し減ったくらいだよ。僕のパートナーが失敗してくれたからね。彼は別にいいが、彼と共に死んだ兵隊はとても惜しかったよ」
サヴァロンの愛おしむような表情に吐き気がしたジェンは、気持ちを切り替えるように自分の剣を身に付けた。
すると丁度そのタイミングで、仲間の一人が慌てて戻って来るなりジェンに叫ぶ。
「た、大変だぁ。誰かがこの洞窟に侵入してきたみたいです! 先に行った仲間が襲われてます」
「なんだと? そいつら何人いるんだ?」
「く、暗くて状況がわかりません!」
「早く始末しろ! こっちは二十人以上いるんだぞ。兵隊もいるだろ」
非常事態だと言うのにサヴァロンは動じている様子はない。それどころか、再びゆっくりと鉄格子の奥へと歩いて行くのだ。
「おい、どこ行くんだ?」
「なぁに。僕の最高傑作を起こしにいくだけだよ」
「ちっ。まだ兵隊がいるのか。とにかく俺は援護に行ってくるぜ」
サヴァロンに付き合ってられん、とばかりにジェンは現場に向かう事にしたが、今一つ納得が出来なかった。
この洞窟の入り口は魔法で隠されているので、簡単には見付からない。
しかも、わざわざ人が殆ど来ない場所にこの拠点を作ったのに。
たまたま誰かが来て、たまたま入り口の魔法を見破るなんて事があるだろうか?
ジェンはイヤな予感がした。
ルウラの街で暗躍させていた仲間がしくじったなら、拠点の場所がバレる事も考えられるからだ。
色々と思考しながらも、ジェンの耳には仲間達の悲鳴が届いていた。
兵隊どもがいるから、直ぐにどうにかなる事はないだろう……と、思っていたが。
そのジェンの予想は見事に覆された。
先ほどまで聞こえていた、仲間の悲痛な叫び声すらパタリと聞こえなくなったのだ。
「うそだろ? まさか全滅か?」
奥の部屋とは違い、壁に備え付けられた松明による薄暗い明かりだけの洞窟をゆっくりと進む。
するとジェンは何かを蹴飛ばして足元を見た。
先ほど敵の奇襲を知らせてきた仲間の首だ。
チッと舌打ちしてジェンはその場を後にし、奥の部屋へ逃げるように引き返した。
しかし、後ろから〝それ〟が追ってくる。
ゆっくり振り返る余裕などないが、既にジェンには僅かに見えており確信していた。
〝兵隊〟が裏切ったのだ────




