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フェアリーレイズ


 結婚式から二日。

 ギルドの店内で掲示板を見つめるグレンを、フランシスカが訪ねてきた。

 彼女はグレンに深く頭を下げお礼の言葉を紡ぐ。


 グレンはたどたどしくもそれに応え。丁度アリアとフィルネがいるカウンターへと、執事に押され〝車椅子〟で移動する彼女を案内した。



「皆様、先日は私の結婚式に参列して頂きありがとうございました。そして、アリアさん。フェアリーレイズ、本当にありがとうございました」

「い、いえ。私なんかそんな……」


 フランシスカの車椅子を見て、フィルネとアリアは明らかに戸惑っていた。

 今更のように現実に戻された気分だったのだろう。


「皆様のおかげで私は、最後にとても幸せな経験が出来ました。このご恩は一生忘れません」


 まるで最後の別れのようなフランシスカの挨拶を聞いて途方にくれるアリアの瞳には、再び絶望感が漂っている。

 今にもその瞳から涙を流しそうになっている、そんなアリアの手を取りフランシスカは言う。


「あなたのフェアリーレイズは、私の夢を叶えてくれました。ありがとう、あなたは最高の冒険者ですわ」


 そう微笑み、フランシスカは更に続けた。


「そうそう。皆様には〝これも〟お見せしたかったのです」


 そして、フランシスカは車椅子の手摺に手を掛ける。

 その直後、その場の誰もが驚いた。

 彼女は誰の力も借りずにスッと車椅子から立ち上がったのだ。


 左足の膝から下は当然無いし、衰えた右足にも身体を支える力は無いにも関わらず彼女は立っている。


 つまり、フランシスカは結婚式の時と同じように〝浮遊〟していたのだ。

 暫くして、ストンと彼女は再び車椅子に落ちるように座った。


 グレンは信じられなかった。

 ほんの僅かな時間ではあったが、フランシスカが自分の力で魔法を発動したという現実を。


「ふ、フランシスカさん……今のは」

「私も驚いてますの。これまで何日も練習したでしょ? その感覚とフェアリーレイズを使用した瞬間の感覚を、あの後何度も私なりに再現したのです。そしたらこのように、数秒なら浮かぶ事が出来るようになりましたの」


 フランシスカは簡単に言うが、グレンが驚いたのはそこではない。

 それが完全に〝無詠唱〟の魔法だった事だ。

 

 グレンが習った知識では。

 詠唱魔法は、詠唱という〝起動式〟に沿って強制的に、かつ自動的に。体内の魔力が必要分だけ動かされ魔法を展開する。

 その代わり、起動式にある法則と違う動きをさせる事は出来ない。


 一方で無詠唱魔法は、体内の魔力を自分の意識で直接動かしてダイレクトに魔法を展開する。

 最大のメリットは起動式(詠唱)がない事で、どのような魔法になるかは魔力の動かし方次第であり、つまりは法則がないという事だ。


 フランシスカは先ほど詠唱をしなかった。

 つまり、体内の魔力を〝直接〟動かして〝浮遊魔法〟を起動していた事になる。


「お、驚きました。無詠唱が出来る人は僕の記憶では数人しかいません」

「そうなんですか? グレンさんの指導が素晴らしかったのですね」

「い、いえ。それは才能だと思いますよ」


 ポカンとするアリアとフィルネに、グレンがその凄さを説明すると二人は声をあげて驚いた。


 なにせ〝無詠唱〟は殆ど世の中に出回っていない。

 何故なら、既に起動した魔法の魔力制御は練習次第で可能だが。

 素の体内魔力を意識的に動かし、魔法として起動させる事は普通出来ないからだ。

 

 ごく稀に、小さな子供だったり、極端に不安定な感情でパニックを引き起こした時などに、無意識で発動する事はあると聞いた事があるが。


 フランシスカの場合は、ハッキリと意識出来ていたので、これはもはや〝センス〟で片付けられる話ではない。

 彼女は才能を持っているのだ。


 しかし、そうであるなら。

 彼女の魔力血栓症は、改善する事が可能なのではないか? とグレンは思うのだ。


「フランシスカさん。これは僕の提案なのですが、もし可能であれば中央大陸の『ギルスタイラ帝国』の帝都『ストルバイト』にある〝帝立魔法研究所付属学校〟のシオン・ハイドという女性を訪ねて下さい」

「あの有名な〝帝魔研〟の付属校ですか?」

「はい。その女性なら、フランシスカさんの魔力血栓症を治せるかもしれません」


 魔力血栓症は魔力が部分的に停滞して起こる。

 しかし無詠唱のように、意識的に魔力を動かせるならば。元凶となっている魔力を動かす事も理屈では可能なはずだ。


 彼女次第だが、より精度の高い魔力操作を覚えられれば彼女は魔力血栓症から自らの力で立ち直れる可能性がある。


 その為にグレンは彼女に提案したのだ。

 世界で唯一、無詠唱魔法の研究をしており。かつて自分に〝それ〟を教えた先生の名前を。


「本当ですか? 夫はおそらく私の為ならば、どんな事でも受け入れてくれると思いますわ。これも全てフェアリーレイズのおかげですね。本当にありがとう、アリアさん」

「い、いえ、実はあれは……」


 何度も感謝され、居たたまれなくなったのだろう。

 本当の事を言おうとしたアリアの口を、フランシスカは笑顔で遮った。


「フェアリーレイズではないのでしょ? 私だって子供じゃありませんもの。知ってます。ただ、あれは実際に私の夢を叶え。そして、今。こうして病を治す可能性をも引き寄せてくれたのですから。もはや私の中では、紛れもなくフェアリーレイズなのですよ」


 その言葉に、アリアは心からの笑顔を見せ。フィルネも満足したように頷いた。

 この時、ようやく全員が心から依頼達成を感じる事が出来たのだ。

 

 思えば、この依頼は当初。

 グレン自身が諦めていたのだ。


 フランシスカが、僅かな可能性にかけて有りもしない薬の依頼を出し。フィルネは〝おとぎ話〟を真に受けてその依頼を受理した。

 そんな依頼を躊躇いもせず、請け負ったのはアリアだ。

 しかし、その結果。奇跡を起こしたのである。


 結局のところ〝信じる心〟〝諦めない心〟こそが、フェアリーレイズという薬だったのかもしれない。

 それは誰にでも出来る事ではないが、本来誰もが持っているものだ。


 まさに魔法を超えた〝神秘〟だな、とグレンは一度は諦めかけた事を深く反省した────


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