グレンの魔法
◇◇◇◇◇
アリアがローン公国へ旅立った翌日。
グレンは少し早めにギルドの仕事を切り上げ、フランシスカの住む屋敷へと向かった。
屋敷を訪ねギルド従業員である事を伝えると、グレンは客間に案内された。
そこにいた車椅子のフランシスカは、グレンを見るなり至極冷静に聞いてくる。
「ギルドの方が来たという事は、アリアさんに何か問題がありましたか?」
「い、いえ。そんな事は……、フェアリーレイズは彼女が必ず持ち帰ると思います。で、あの……フランシスカさんには、一つお願いがありまして」
「お願い……ですか?」
小首を傾げる彼女にグレンは答える。
「フランシスカさんの事情はアリアさんから伺いました。それで、結婚式までの間に、とある魔法の制御を覚えてほしいのです」
「魔法? 私は苦手なのですが……ちなみにそれはフェアリーレイズと関係がありますの?」
「あ、はい。とても……」
そしてグレンは〝とある魔法〟をフランシスカにかけた。
彼女は初めて見るその魔法に驚き、そして一瞬で心奪われたようで、すぐにグレンの願いを快諾した。
しかし、その魔法の制御は一朝一夕で身に付けられるものでない事は、グレンが一番知っている。
何故ならそれは無詠唱魔法の類いであり、つまりは一般的な詠唱魔法ではない。
当然、フランシスカにそんな高度な魔法が使えるはずはない。
あくまでも魔法の起動はグレンが行い、フランシスカには制御だけを覚えてもらうのだ。
その練習は、ほぼ毎日のようにおこなわれた。
グレンは暇さえあればギルドの仕事を早く切り上げ、フランシスカの所に通ったのだ。
他人に接するのは苦手だったが、そこはアリアの為であり。フランシスカ自身の為でもある、と気合いを入れて挑んだ。
ほぼ毎日のように練習すれば、フランシスカもその魔法の制御がある程度は可能になってくる。
それでも、──もう大丈夫だろう、とグレンが判断した頃には結婚式が三日後にまで迫っていた。
そして結婚式二日前。
グレンは本来のギルド従業員としての仕事をまっとうする為、フランシスカの所へと向かった。
それは、フィルネがすべき〝依頼完了報告〟だが。
今回に限っては、その役目をグレンに一任して貰っていたのだ。
「これはアリアさんがローン公国のとある場所まで、フランシスカさんの為に取りに行った〝フェアリーレイズ〟です。今のフランシスカさんなら、これを使えばきっと願いを叶えられると思います。明後日、結婚式直前に飲んでください」
そしてグレンはフランシスカに〝それ〟を渡した。
魔昌石で作られた、少し特殊な小さな魔法のガラス瓶である。
「本当にあったのですか? まあ、でもあなたの言う事なので本当なのでしょうね。ありがとう。是非、式に来てください。アリアさんと、依頼書を作ってくれた女の子も連れて」
────そして、結婚式当日。
招待されたグレンは、アリアとフィルネを連れて聖教会で行われるフランシスカの結婚式に参列したのだが。
そこでフランシスカは、ヴァージンロードを見事に〝歩いて〟見せたのだ。
彼女の事情を知る者達は皆驚いていた。
「うそぉ?」
「本当に……本当に良かった……」
フィルネは驚きで目が点になっており、アリアに至っては感極まったのか涙まで浮かべていた。
だが、正確にはフランシスカは歩いていないのだ。
長いドレスにより足は見えないが、治ってなどいないのだ。
やはり、失ったものは戻せない。
ただ単純に。フランシスカは歩いているように〝移動して〟見せたのである。
グレンがフェアリーレイズと呼んだ魔昌石の瓶には〝浮遊移動魔法〟が込められていた。
それは、かなり高度な魔法であり、グレンならば暫く飛んで見せる事すら出来るのだが。
フランシスカには僅かに浮かぶのが精一杯だった。
しかし、浮かぶ事さえ出来ればあとは〝移動出来るか〟の問題なのだ。
一般的な浮遊魔法〝エアリアル〟は、上下の移動が限界だが、グレンのものは全方向移動を可能にする。
ただ、その制御は詠唱による支援が不可能なのだ。
〝無詠唱〟つまり、自分の体内魔力を制御して行うしかないので、こればかりは感覚で覚えるしかなかった。
故に、グレンは直接フランシスカに浮遊移動魔法を使い、浮遊状態を与えた上で横移動する体内魔力の制御感覚をしつこく教えてきたのだ。
しかし、マジックアイテムとはいえ、自分で魔法を使用するのと。
他人にかけられている魔法では感覚が異なる。
後はフランシスカのこれまでの練習の成果と〝センス〟だけが頼りだった。
とはいえ結果的に彼女は、グレンの目の前で完璧に魔法を制御して見せたわけだ。
魔昌石は通常の数倍の魔力を込めても壊れない。
グレンの巨大な魔力を込める事で、本来一時的にしか使えない魔法でも継続して解放出来る。
ただそれでも、結婚式が終わるまで維持出来る保証はなく。その場合はグレンが密かに支援する事も考えていた。
だがフランシスカは無駄のない完璧な魔力制御で、与えられた〝限りある魔法〟の消費魔力を抑えている。
これまでの彼女の努力とセンスである。
式が終わった後の帰り道で「あの薬、本当にフェアリーレイズだったのね」と、アリアに尋ねられ、グレンはこれまでの経緯を全て話した。
するとアリアもフィルネも、なるほどと納得し「さすがだよ」「発想の転換ね」とグレンを褒め称えたのだが、グレンには、その称賛が辛かった。
彼女達は、幸せそうなフランシスカを目の当たりにした直後で、大事な事を忘れているのだ。
〝病が治ったわけではない〟という事を────




