そして結婚式へ
ルウラを出立して五日────
アリアは隣国ローン公国領の深部へ赴き、グレンに言われた通りに〝魔昌石〟を入手して無事に入手した。
これが一体何に使われるのか、その魔術的用途をアリアは一切聞いていない。
一般的に流通している普通の魔力石であれば、魔法陣を刻んだ〝魔封器〟を作るための触媒として使われる事が多い。
魔封器ならば、アリアも緊急用として幾つか所持していた。
魔力石を加工した小さなガラス瓶のような物で、あらかじめ内部に術者の魔法を込めてストックしておく事が出来る代物だ。
実戦においてその瓶を叩き割るだけで、詠唱という最大のタイムロス無しで魔法が展開出来る。
アリアのような光魔法特化の術者が、攻撃用の火魔法を使いたい時などにも重宝されるし。
詠唱不要で誰でも魔法が放てるという魔封器は、別名〝魔法瓶〟などとも呼ばれ、高値で取引される大人気の商品だ。
とはいえ、より高純度な〝魔昌石〟の使い道となると全く心当たりがない。
半透明で、ひどく純度の高い綺麗な石だ。
(これ、売ったらいくらになるんだろう?)などという皮算用を脳内の隅で弾きながらも、アリアは真っ直ぐと再び同じ日数をかけてルウラへと戻り、グレンに魔昌石を預けた。
それから更に三日程が過ぎた頃、アリアはグレンから小さなガラス瓶の様な物を手渡されたのだ。
「すごい……綺麗……」
中には、まるで生命そのものが発光しているかのような、透き通るエメラルドグリーンの光を放つ〝何か〟が封入されていた。
形状自体は市販の魔封器に似ているが、それは圧倒的に透明度が高く、中身の光が脈打って見える物で、さすがにアリアも初めて見る。
そしてグレンは、極めて平坦な声で言い放った。
「それが『フェアリーレイズ』です。これで、依頼は完了ですね」
「……え?」
アリアは完全に戸惑った。
つい先日まで「フェアリーレイズなんかこの世に存在しない」と理詰めで全否定していたグレン本人が、息をするように自然に口にしたからだ。
しかし彼には何か明確な勝算があるのだろう。
そう強引に納得したアリアは、フィルネの待つカウンターへ依頼完了を報告し、ギルド報酬を受け取る手続きに入る。
「これが、あのフェアリーレイズ? アリア様……一体どんなインチキ手品を使ったんですか?」
「あなた最近私に失礼よね。でも安心して、私だって自分の目を疑ってるから。とにかくグレンくんが、これでいいって言うから持ってきたのよ」
フィルネは鑑定眼を光らせて怪しむような視線を送ってくるが、アリアにすれば自分も全く同意見なのだ。
当のインチキ主犯格であるグレンは、カウンターの奥で何食わぬ顔をして掲示板の前に立っているのだし。
そんなグレンの背中を遠目に観察しながら、フィルネが唐突にアリアに問う。
「そういえばアリア様。最近、やけに効率の悪い、打ち切り〝スレスレ〟な依頼ばかり積極的に受けてますよね? どうしてですか?」
「べ、別に! 私がやりたい仕事が、たまたま効率が悪かっただけよ!」
「へぇぇぇ……そうですかぁ」
思わず声が裏返り、アリアはフィルネのどこか訝しむような視線から逃げるように目を逸らした。
確かに最近の自分は、無意識のうちに売れなさそうな不良債権ばかりを優先して消化している自覚があった。
でも、それはきっと〝彼〟の抱える救世主としての重い負担を、少しでも減らす為の無意識の献身なのだ。
アリアは頭のどこかで、己のその重症すぎる心理状態を論理的に理解している。
(つまり……私は彼に、それだけ───)
そこまで思考が至った途端、顔全体が沸騰したように熱くなったので、アリアは逃げだすようにカウンターを離れる。
その後、真意を確かめようとグレンと話そうと思ったが、不思議と彼に声を掛ける勇気だけが、今の彼女にはすっぽりと抜け落ちていた。
それから更に、時は過ぎた────
ルウラの中心部にそびえ立つ聖教会の大聖堂には、王都の社交界をそのまま持ち込んだかのように華やかな貴族や富裕層が集結している。
アリアは、グレン、フィルネと共に、場違いな空間で浮かないよう精一杯の〝お洒落〟という名の武装をして、参列者の波に紛れ込んでいた。
やがて、祝福を告げる教会の鐘が重厚に鳴り響く。
程なくして巨大な観音扉が開かれ、一人の男が威風堂々と現れた。
上質な貴族服が完璧に様になっているその男性は、アセナル・ルドワール。ルドワール子爵家の次男にして、フランシスカの生涯の伴侶となる男である。
彼は大聖堂のレッドカーペットを真っ直ぐに進み、アリア達の横を通りすぎ。
その先の祭壇に立つ神父の少し手前で立ち止まった。
それから一、二分という、永遠にも似た静寂が流れた後。
再び開かれた観音扉の向こうから、スラリとした長身の女性が、初老の男性を傍らに従え、静かに大聖堂へと身を投じた。
そこには綺麗な亜麻色の髪を美しく巻き上げ、純白のウェディングドレスを纏う女性──フランシスカ・ザルトベルクが、〝立っていた〟。
そして、父親であろう初老の男性に優しくエスコートされながら、一歩、また一歩と、ゆっくりとレッドカーペットの上を〝歩いて〟いく。
アリアの横を通りすぎるフランシスカの背丈は、元々長身であるアリアよりも更に高い。
そしてその優雅な歩みは、まるで生まれつき何一つ不自由なく歩けていたかのように安定しており、左右へのフラつきなど微塵も感じさせなかった。
長くボリューミーなドレスの裾に隠れて生足自体は見えないが、間違いなくアリアの目の前を、フランシスカは歩いているのだ。
「本当に……。本当に、良かった……」
何が起きたかなんて今はどうだって良い。アリアは、ただ、視界が滲むのを感じた。目頭が熱く焼け付いている。
フランシスカが人生の最後に一番望んでいた、たった一つの奇跡が叶ったのだ。それは彼女の表情を見ていれば痛いほどわかる。
あの日アリアが初めて面会した時に見せた、死を受け入れた諦観の笑みとはまるで別人のような、純度百パーセントの幸福な笑顔なのだから。
そして父親の手からアセナルの手へ……、フランシスカの身は静かに託された。
フランシスカは愛するアセナルに微笑みかけると、彼の逞しい腕にそっと手を添え、二人で神父の元へと歩みを進める。
それはまさに、彼女が夢にまで見た『二人が肩を並べて』歩いた瞬間であった。
そんな、常識を覆す光景を目の当たりにして、あの胡散臭い偽薬は、本当に神の奇跡『フェアリーレイズ』だったのだと、アリアは心から信じた。
というのも、アリアが依頼完了の手続きをした当初。
「あの薬で、実際に彼女は歩けるようになるの?」と尋ねたアリアに対し、グレンは極めて現実的に「それは〝彼女の努力次第〟です」と逃げ口上のように答えていたからだ。
その言葉のニュアンスから、あの薬が本物のフェアリーレイズなどでは〝ない〟という事実を、あの時のアリアは論理的に察していたのだ。
しかし今、物理的な欠損を乗り越えて完璧に歩いているフランシスカを見たら。
これが神の秘薬の起こした奇跡じゃなければ、一体何だという話である。
本当にグレンに全てを任せて良かった。そして何より、フランシスカが最高に幸せそうで本当に良かった。
アリアは心の底からそう思い、誰もが涙した奇跡の結婚式は、万雷の拍手の中で終わりを迎えた。
幸せの絶頂に満ちた二人が退場していくのを見送ってから、場違いな三人のギルド関係者は、目立たぬようにそそくさと教会を後にしたのだが。
その帰り道、興奮冷めやらぬアリアはグレンに尋ねた。
「あの薬、本当に『フェアリーレイズ』だったのね。疑ってごめんなさい」
「い、いえ。ですから、そんな魔法の薬はこの世にありませんよ。依頼完了の体裁を整える為に、あれをフェアリーレイズと〝する〟必要があっただけで。フランシスカさんが、あぁ〝成れた〟のは、全て彼女自身の血の滲むような努力の結晶です」
アリアは、グレンの言っている言葉の意味が全く理解できなかった。それは隣を歩くフィルネも完全に同じだったようだ。
しかしその後、グレンからその『種明かし』を順を追って説明され、二人は、ようやく全ての論理的帰結を得た。
彼が用意したフェアリーレイズの正体。
それは、彼女の病や足を治す薬なんかではなく、物理法則を欺くための『魔法そのもの』であった事を────
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